頭か、尻尾か
鳩サブレーにまつわる永遠の命題は、「頭からか、尻尾からか」である。永遠の愛についてはよく分からないけれど、少なくとも鳩サブレーの命題についての僕なりの答えは持っている。すなわち、頭から。取り立てた理由はないのだけれど、いつもしばしの逡巡の末にそういう結果になる。
同じ逡巡にバンコクで出くわした。「頭か、尻尾か」。視線の先にいるのは、サソリ。
日常的に買い物をする近所のスーパーに、虫を売るコーナーができた。以前ちょっとアサヒコムで見かけたことがあるのだが、おそらくそれと同じ店が、僕がよく行くトップス・スーパーマーケット、マーブンクロン店にも出てきた。ガラスケースの中には、「サソリ」「タガメ」「蚕」「コオロギ」「(よく分からない)幼虫」などがならんでいる。
体躯が大きなサソリとタガメは一匹10バーツ、その他の細かな虫たちは、お玉の一すくいで30バーツだと言う。
好奇心からショーケースの中身を眺めていた僕に、売り子のおばさんが「おいしいですよ」と声をかける。
「え〜と、じゃあサソリを二匹下さい」と僕は注文する。とりあえずの所、一番とっつきやすい存在だったからだ。見ようによっては、エビにも見えるし、ギリギリのところザリガニのようでもある。でも、尻尾の先は針になっている。「タレにつけますか?」「うん、つけといて」
帰宅して、取り出して、眺めて、そして迷う。どこから食べ始めるべきか。
とりあえずビールを一口飲む。
夜空に赤く輝くサソリ座のアンタレスは、サソリの心臓を表す。だけど、実際のこいつは、タレに絡められていることもあってか黒光りしている全身の中で、目だけが赤い。腹の辺りのサイズや作りは、同じ節足動物のセミを連想する。
ビールをもう一口飲む。
結局のところ、頭をこちら側に向けて、尻尾をつまんで左のハサミからいく。頭をつまむには勇気が足りなかったから、結果論的にそういうことになった左のハサミ、右のハサミ、頭、胴体……。
思いの外に歯ごたえがある。カリカリやパリパリではなくて、ゴリゴリと噛み砕く。戦いていた気持ちよりも、顎に力を込める方が実際問題として優先する。見た目通り甘辛く、まるでちょっと刺激的な佃煮のようだ。尻尾の最後の部分を口にするには、また少し多くの勇気がいった。
サソリそのものの味は、胴体の内臓が詰まった辺りで初めて認識した。どうしたわけかタラコに近い気がする。でも、おにぎりの中身としてのサソリや、サソリスパゲティは視覚的にちょっと遠慮したい。
勘違いを招きやすいのだけれど、タイ人が全般的にこういうものを日常的に食しているかと問われると、あっさりと否である。
僕は好奇心から、これからしばらくスーパーに出かける度に一種類ずつ試してみようと思っている。頭も尻尾も同じような芋虫の類の場合は、この手の迷いは生じないだろう。それ以前に、口にするかどうかという段階での逡巡はあり得るだろうけれど。
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