しばし、忘我

 日本への短期留学から帰ってきたチュラ大日本語学科のある学生が、メインの会場であった代々木の青少年総合センターで出た食事は口に合わなかったと言う。確かに、「青少年」に「総合」、とどめの「センター」というあたりの語感が特に、美味そうな料理を想像することを妨げる。たぶん食堂は地下にあって、天井の照明は事務的な蛍光灯で、お皿はプラスティックに違いない、とまで勝手に思ってしまう。
 では逆に「何が美味しかった?」と聞いたら、「バイキング!」と即答されて苦笑した。寿司とか焼き肉とかがたくさん食べられて嬉しかったのだそうだ。
 食べ放題という意味合いで用いられるこの語、1958年の帝国ホテルのレストランが発祥なのだそうだ。食べ放題のスタイルを、当時の映画「バイキング」での海賊たちの食事の場面と結びつけたとか。だけど、昨今のイメージでいくと、郊外の国道沿いに建つ、がさつな造りの店がまず頭に浮かび、あまりいい感じはしない。同じことを意味する言葉でも、「ビュッフェ」の方が断然そそられる。
 バンコクにはピンからキリまでホテルが林立している。上はオリエンタルやペニンシュラから、日本からのツアーもよく利用するソル・ツイン・タワーとか、バンコク一高い建物であるバイヨーク・スカイとかの中級、さらにはカオサン通りの安宿。あるいはタイ語で「カーテンを引く宿」と表現されるラブホテルだって(行ったことはない)。
 そういった環境と、時間に余裕があるという現状、さらには食欲の高まりにより、この1ヶ月ほどの間にあちこちのホテルのランチビュッフェに出かけている。夜は行かない。いや、行けないのだけれど、昼ならば日本円で考えると比較的手頃な価格で、素敵な空間で美味しいものをたらふく腹に収めることができる。
 ソフィテル・シーロムの最上階「上海38」での点心を皮切りに、シャングリ・ラの「シャン・パレス」、つい先日メリディアンから経営が移ったインターコンチネンタルの「エスプレッソ」 、スコールに煙るチャオプラヤ川を眺めながらのシャングリ・ラのイタリアンレストラン「アンジェリーニ」、寿司、天ぷら、インド料理までと幅広いシェラトン・グランデ・スクンビットの「オーキッド・カフェ」。
 その中で、質量共にベストは文句なしにエスプレッソ。生演奏も流れる中、溢れんばかりの選択肢の中には、フォアグラすらある。ローストしたラム肉は、同行者の表現を借りるなら「足よりも大きく」切り分けてくれる。そして肉を食う喜びを満喫できる美味さ。
 ケーキ類はそれだけでお茶のビュッフェとしても十分過ぎるくらいに種類が豊富で心が浮き立つ。お腹と相談しながら「どれを食べようか」ではなく、「どれを諦めようか」をじっくり検討しなければならない悲哀すら漂っているし、滔々とチョコレートが流れるチョコ・フォンデュまである。
 ただ、外縁的な要素を勘案するのならば、値段は少し高めだし(十分に見合うとは思うが)、内装は豪華だけど派手過ぎるきらいがある。
 パスタ類が予め茹でてあるのはいただけなかったが、アンジェリーニのシックな雰囲気と窯焼きのピザがとても気に入った。
 たまたま窯の近くの席だったので、焼き上がりのタイミングでピザを取りに行こうと虎視眈々と眺めていたら、その窯で軽くパンをトーストしブルスケッタも作っていた。客の中には、ビュッフェ時間帯にも関わらずアラカルトメニューを注文する人、というのもいるのだ。あまりに視線が露骨だったのか、店員が「試食してみますか?」と一切れ席に持って来てくれた。こういうことがあると、僕は単純なのでますますこの店が好きになってしまう。でも、夜は行かない。いや、行けない。
 この先に行きたいのは、スコータイの「ザ・コロネード」。ここは、世界最高と評されるオリエンタルと比べても上をいくと言われるほどのホテルその物と同じように、ランチもまた別格らしい。そして、昼食でもきっちりとドレスコードが掲示されている。ジーンズではどうなのだろうか。
 チュラ大でクラスメートだった、同じく日中に時間がある求職中の友達と連れだって行くことが多いのだが、「こうしてると、まるでお金持ちみたいですね」と言われた。あくまで「みたい」というところがポイントである。
 実際はどうなのだということは、せめて食べている間には忘れることにしよう。ビュッフェはそういう意味でも魅力的だ。


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