歴史の日

 僕は地下で混乱する。
 地上にいるときには、地理的な感覚はさほど悪い方だと思わない。地図を読み書きする能力も標準的なはずだ。初めての土地でも、迷った記憶というのもあまりない。例え、結果的に間違った道を進んだにせよ、間違いに気付く瞬間までは、僕はその道で正しいのだと信じて疑うことはない。
 同じような感覚が、なぜか地面の下にいると発揮されない。慣れている場所でさえ、常に心細さが付きまとう。なお悪いことに、壁に掲げられた案内地図を目の当たりにしても、戸惑いはより深まるばかりだ。「現在地」の赤い丸と、目的地との位置関係を、その地図の中においては相対的に把握できる。それが、我が身の向くべき方向に関連しない。結局、どちらを向いて進めばいいのか実感として把握できない。見上げても、北極星は輝いていない。
 次元を認識する能力が、2までしか対応していないのだと思う。縦と横。地上は平面、地下街も平面である。そのどちらかだけに生きているのならば、この問題は発生しないのかもしれない。その間を行き来することで、すなわち「高さ」というもう一つの空間軸を通過するところに原因がある。
 例えば梅田の地下街。僕は、泉の広場で待ち合わせしている。阪急電車を降りて、進行方向にまっすぐ進んだ改札を出て、エスカレーターで一気に地上に降りる。阪急百貨店の前の回廊を通って、ステンドグラスの下を通り過ぎ、郵便局を左に見ながら正面の階段を下りる。なんとなく、この辺りから感覚が狂い始める。左斜めに向いた道を行けばよいはずだと知ってはいても、ちゃんとたどり着くまでずっと、自分が正しい道を選択しているのだという確証が持てない。
 例えば、四条河原町。地下街もずっと小規模だし、出入り口の数だって知れている。それなのに、いつも迷ったような心持ちになる。この階段を上がればどこに通じるのだろうと、不安になる。とりあえずどこでもよい、目に付いた出口から空の見える高さへ上る。瞬間、ほとんど毎回と言ってよいほど、東西南北の軸があやふやな自分に恐れる。どちらかと言うと、実際とは逆に感じられる。南が北で東が西のように。
 そしてむしろその奇妙さの感覚の方には慣れても、正確な認識はなお遠い。自分の現在位置を把握するまでに、何度か息を吸って吐く。ぐるりと見回して、あれが阪急、その向かいがUFJで、あっちがみずほ。そして高島屋がここにあるから、ああ、僕は南西の角に出たんだ、とようやく正しい答えを得る。でも、本当は南東角に出るつもりだったのだ。
 バンコクに地下鉄が走る。そのウェブサイトのトップにあるように、まさに今日が「(仏暦)2547年7月3日/歴史の日」である。開業当日は王様を招いての式典。いよいよ、明日4日からが営業運転開始である。さっそく、うちの最寄りの「ペッチャブリー駅」から、ウィークエンドマーケットのある「チャトゥチャック公園駅」まで往復してみるつもりだ。ここ最近、BTSの路線図に「地下鉄乗換駅」を示す表示がシールで新たに追加された。サラデーンやアソークと言った乗り換え駅には「地下鉄連絡口」という標識がお目見え。ずっと楽しみにしていたのだ。
 ごく一般的な日本の生活を経てきた僕にとって、そしてまた札幌や東京や名古屋や京都や大阪などを知っているあなたにとって。さらに拡大すればソウル、香港、カルカッタ、ロンドン、パリ、ニューヨークなどなどの人にとって、地下鉄というのは、あまりに身近な公共交通手段の一つであろう。だが、ここバンコクに暮らす大多数にとっては、地面の下を電車が走るというのは、初めての体験である。ウェブサイトに見つけたFAQのコーナーが如実にそれを物語る。
 「質問:洪水が発生した際、地下鉄は影響を受けますか?」「質問:地下鉄駅、あるいはトンネル内に空気は十分に確保されるのですか?」……。いずれもバンコクならではである。少なくとも僕は、空気が十分かどうかなんて、疑問としてすら浮かばない。
 対する回答。「各駅のへの入り口は、ここ200年間の統計おける洪水の最高水位よりも高い、地上高1メートルの所に設置してありますので、水が入り込むことはあり得ないと自信を持っております。さらに、全ての駅とトンネル内には、緊急時のための排水システムが備えられています」「駅とトンネルでは、換気システムが常時作動しており、乗客の皆様の安全を守るようになっています」
 なるほど安心である。だが、もう一つQを付け加えられないだろうか。「質問:地下で混乱しないためには、どうしたらいいのでしょう」

<参考リンク>
 ・BANGKOK METRO PUBLIC COMPANY LIMITED(タイ語のみ)


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