バイリンガル

 妻と僕の母語が異なるので、娘をバイリンガルに育てようというのは当初からの夫婦間の合意だった。方法はずいぶんとシンプルで、娘に話しかけるときに、妻はタイ語を使って僕は日本語、を原則とするだけ。
 これは、僕ら家族にとっての会話の一つの自然で素直な形でもある。途切れることのない子育てのカオスの中で、これ以外に、例えば何かのDVDを見せたり、毎日定期的に本を読んだりというような義務的なことが一つでもあると、とてもではないが、対応できるものでもなかろうと思う。
 さほどたくさんの事例を知るわけではないが、多言語環境にある子が話し始めるまでは、単一の言語で育つ子よりも、時間がかかるそうだ。
 1歳と9ヶ月を過ぎた娘、やはり、まだ話すとまではいかないが、それでも発音が簡単な語は少しずつ獲得している。もっともよく聞くのは「ママ」であるが、ママ・パパという語彙を我が家では使うことがないので、単に発音のしやすさから、この発声をいろいろな場面で、それぞれの意味を独自に付与して使っているものと見える。だいたいは、娘が他人の興味を引こうとするときが多いように思う。
 とは言え、事物には固有の名称があるということは、体得しているように見える。「っぱい(「おっぱい」」と全部は言えない)」や、「パン」だったり、牛の鳴き声の「モー」であったり。タイ語では、食事やお米を表す「カーオ」、魚の「プラー」、水の「ナム」などを、その物が目前にあると、まだ頼りなげながら、小さな口から音として出す。よく読む絵本に登場する動物は、象は「ぞう」だけど、ウサギは「たーい(クラターイの短縮形)」で覚えている。
 ある語が日本語なのかタイ語なのかはまちまちなのだが、結局は母親からのインプットが元だと推測される。彼女もときどき日本語を話すから。実際に暮らして子どもを育てていくと、そう簡単に原理原則だけで切り分けできない状況も多い。
 僕にしてみても、娘と日本語で話しながら、話題を妻に振るときは、その場で言語をすっと切り替えるのだから、娘の目にしてみれば「お父さんは日本語」という原則にのっとった一貫性が見えなくてもしょうがない。いつかその内、理解する日がくるのだろう。
 ただ、そこへの気づきは始まっているのではないかと思うこともある。最近の遊びの一つに、ある一つの物に対して両親のどちらかがその名称を言うと、もう片方を向いてもう一方の言葉を知りたがる、というものがある。
 例えば、鶏のササミを食べさせているときに、母親がそれを指して「ガイ」と言う。すると、くるっと僕の方を向いて「なあに?」という期待に満ちた目で問うてくる。僕は「鶏」だと答える。すぐさま母親を見て「ガイ」と聞いて、また僕を向くので「鶏」だと言う。くりっとした黒目がちで楽しげな瞳が、食卓のあちらとこちらを飽きることなく往復していく。次第に娘の首を振るスピードもどんどん早くなって、母親の「ガイ」と僕の「鶏」が混ざっていき、しまいに3人の笑い声に収斂する。
 二つの言語でそれぞれどう言うのかを本当に知りたがっているのか、それとも、同じ物に対して両親が違うことを言うのが単におもしろいだけなのか、よく分からないけれど。
 娘にとって、両親への二人称は、また言語が分かれている。と言うより、やはり両親が自身のことをそれぞれの母語で呼ばせたい欲求から、「ほな、そうしよう」と、生まれてくる前だか後だかは忘れたが、二人で合意したものである。だから母親は「クン・メー」だし、父親は「おとうさん」であるべき。
 ただ、「メー」はときどきそれらしき発音をしているときもあるのだが、「おとうさん」はやはり音節も多く、まだその音が出てくる気配は見られないのが、僕としては悔しい。
 心中の焦りはつのり、なんとかして呼ばせたいと、自身を指さしては「おとうさん」と言うことを日々繰り返していたのだが、ある日のこと、どうにもおかしな方向に進んでしまった。娘が僕を見て「ごじらぁ」と連呼し始めたのだ。
 なぜゴジラなんという言葉を知っているのか。思い当たる原因はある。まだ喃語だった時代に、「ゴジラ」と娘に声をかけると、「がぁー」という音を出させることを、おもしろがって芸の一つとして仕込んで楽しんでいたからだ。
 「おとうさん」が「ゴジラ」に置き換わるギャップがあまりにおかしくて、妻と二人でけらけらと笑う。そうしたら、そこに味をしめた娘が、どうしてもお父さんのゴジラ呼ばわりから離れなくなった。おとうさんと呼ばれる日は、まだ当分先になりそうだ。


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