彼女たちの制服

 文学部には女性が多いというのは日本にも見られる傾向だが、ここチュラロンコーン大学においては、より顕在化しており、ほぼ女子大の様相を呈していると言っても差し支えがない。
 僕の場合、高校3年間は男子高、ようやく共学に戻ったはずの大学も男性の方が多いところだったので、最近の生活は楽園のようですらある。ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターに乗って、男性が自分一人だというのも日常茶飯事で、心拍数は上がり、何をしているわけでもないのに妙な罪悪感を感じてしまう。文学部食堂は、彼女たちに合わせてご飯の量も少な目で、「お腹いっぱい食べたいときは、男性の多い工学部食堂へどうぞ」というガイダンスさえもあった。
 そんな彼女たちの出で立ちは、白い半袖シャツに黒いスカート。ここタイでは大学生でも制服を着ている。ぱっと見は、まるで日本の女子高生の夏服姿のようでもある。制服というものは、当然ながら学校が定めているものだと思っていたところ、「それは違うわ」と指摘された。どういうことかと思いきや、「王様がお決めになったのよ」というセリフ。
 チュラロンコーン大学は、その名の通り、チュラロンコーン王によって礎が作られたタイで最初の大学である。従って、制服のデザインにも色々と由来がある。
 白の半袖は、袖口の部分に斜めのラインが入っている。これは、タイ女性の伝統衣装の装飾品で、二の腕につける腕輪(ラットパーハー)を模している。シャツの背中を縦に走る折り目も、サバイ(上半身に纏うショールのような布)と呼ばれる伝統衣装に由来する。
 また、胸には必ず銀色のバッジを付けている。これは校章である以前に、チュラロンコーン王が用いた紋章でもあり、プラキアゥと呼ばれる。高位の皇族が用いる冠の、そのまた最上部位が中心に配置され、地面に置くなど以ての外ということで台が据えられている。さらに、そこからは後光が放射状に輝くといった凝ったつくりになっている。
 このプラキアゥは、シャツの5つのボタンにも用いられている。だが、通常は襟元まではボタンをしないので、一番上のボタンを留めるべき場所は、彼女たちの個性を発揮する場所として活用されている。ほとんどの人が、そこにピンバッジを付けている。キャラクター物だったり、CU(Chulalongkorn Universityの頭文字)をあしらったものだったりするが、これまたほとんどの物に数センチの鎖が付いていて、その先にもかわいいキャラクターが揺れている。僕らの目から見ると子どもっぽいと思うことも多いが、特に日本製のキャラクターはやはり人気である。
 ベルトのバックルにも、男女共にプラキアゥが配されている。ただ、スカートにはベルトを通すべき輪っかがないので、クリップを使ってベルトとスカートをパチッと留めている女性が多い。事務用のシンプルな物もあれば、ここにもファンシーなキャラクター物を用いる人もいて、結構賑やかである。
 「ほら、クリップを外したらスカートがだらんとしちゃうのよ」「ちゃんと留めておかないと、動き回ったときにベルトがずり上がっちゃうからね」というのが彼女たちの弁である。ウェストにはゴムが入っているから、本来的なベルトの用途ではないが、これも制服の一部なのだ。
 スカートそのもはかなり自由度が高い。色が黒であればデザインの選択は個人の趣味に任されている。日本の女子中学生の制服のようなプリーツ入りで膝下までの丈というのもあれば、どきっとするほど短い人も、ほっそりしたロングスカートに太股が露わになるほどのスリットが入っている場合だってある。
 「その年によって、長かったり短かったり、流行なんてあるの?」と質問してみたところ、「そういうのはないけど、やっぱりミニはスタイルがよくないと着るのはちょっとねぇ……。だから私はいつも長いのをはいているの」と、スターバックスでエスプレッソコンパナを飲んでいる彼女は少し笑う。「あ、でも雨期に入ったら短いのに変える人はいるけれど」とも。
 「ただし」と彼女は付け加える。「試験の日には、フォーマルな服装が要求されるから、あまり短すぎるのはマズイわね」
 上下関係に重きを置くタイでは、1回生だけに適用される特別なルールもある。女性は白い靴に白い靴下を履き、男性はプラキアゥの刺繍されたネクタイを締める。
 「日本だと、制服は個人の自由を侵害するものだという議論があるけれど、どう思う?」と、僕自身も制服から解放されて大学生になった喜びを味わったことを思い出しながら尋ねてみた。
 意外なことを耳にしたというように、少し顔を曇らせて彼女は答える。「社会には何かしらのルールが必要だし、そもそも制服が嫌な人は、制服のない大学に行けばいいんじゃないかなぁ。外国人の目には奇妙に映るかもしれないけれど、チュラロンコーン王によって設立されたこの大学のおかげで、王族のみならず平民にも平等に学ぶ機会が与えられたのだし、その王によって定められた制服なのだから、私はむしろ誇りに思うわね」
 せっかくこの大学にいるのだから、僕もその誇りの一端に触れようと、大学生協でプラキアゥを一つ買って通学用のナップザックにつけていた。ある日、ふと思い至って「このカバンを時として床に置くこともあるんですけど、ひょっとしてそれって……」と先生に尋ねたところ、間髪入れずに「いけません。それは、決してよいことではありません」という言葉が返ってきた。王室関係のものを足許にするなんて、ということだった。どうやら、外国人が単純な好奇心から無闇に踏み入る範疇ではないようだ。

・参考リンク
 Chulalongkorn University


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