住処を求めて

 知り合いの家に居候させてもらいながら、バンコクでの生活基盤となる家探し。こちらのアパートやマンションには、ベッドやエアコンなどの基本的な家具が付属していることが多いので、ぽっと一人暮らしをするには便利である。
 不動産屋に紹介を依頼しながら、同時に自分の足でも歩いて探す。たいていのアパートの入り口には管理人のオフィスがあって、そこに直接出向いて空き部屋を見せてもらい、気に入れば契約ということが可能なのだ。また、不動産屋に頼んだ場合でも、手数料は部屋のオーナーが払うので、日本のように仲介料は必要ない。
 最終的に候補として残ったのが二軒。
 一つはホテル仕様のために、非常に清潔でしっかりしており、冷蔵庫やテレビまでついている。ベランダから見下ろすと、周囲には緑が多く、すぐ近くを運河が流れている。また、駅やショッピングセンターまで徒歩で5分という絶好の位置にある。学校までもなんとか徒歩圏内。ただし、家賃が安くはない(とは言え円換算してしまうと、大学時代に住んでいた木造アパートよりも安いのだけれど)。
 もう一つは、部屋の状態や環境はそこそこだが、1階にはコンビニも入っているマンション。敷地内には共用のプールまである。これで8千バーツ(2万4千円)という家賃は魅力的だ。
 そして、これは利点なのか難点なのかよく分からないけれど、ナナプラザという有名な飲屋街が駅からの道のりの途中にある。「今日も暑いし、よく勉強したから、ビールを1杯だけ飲んで帰ろう」と言い訳しながら、1杯ではすまない自分の姿が目に浮かぶようだ。
 きれいな部屋には惹かれるが、なけなしの貯金で生活して勉強していくわけだから、贅沢は敵だ。でも安い方にしたところで、「今日も暑いし」との大義名分でナナプラザに寄っていては無駄金を使うようなものではないか……。何しろ毎日暑いのだから。
 居候先からは「じっくり考えた方がええで。当分うちに居てもかまへんから」と言われているものの、いくらなんでも新婚夫婦宅にそうそう長居するわけにもいかない。お金か住環境かで悩んだ末に、環境をとった。

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 大通りから路地を入ると、すぐに屋台が軒を連ねている。串に刺されて姿のまま焼かれたナマズや、尻の先から脂を滴らせている丸ごとの鶏や、塊のまま油で揚げられた豚肉などが、いかにも美味しそうだ。敷き詰められた氷の上には海産物が並んでいる。一抱えもあろうかという鍋からはもうもうと湯気が立ち上っている。パイナップル、マンゴー、パパイヤ、グァバ、スイカなどの切り売りの果物が、ガラスケースの中でちょうどよい具合に冷えている。
 この辺りはまた安宿も多い地域なので、バックパックを背負った旅行者の姿もよく目にする。僕も大学時代はそういう旅をしていた。ここバンコクでも、一泊200円もしないくらいの相部屋で雑魚寝していたことを考えると、ずいぶんと贅沢な暮らしをすることになったものだ。道の両脇に並んだゲストハウスや旅行代理店には、「西洋料理」「国際電話」「インターネットサービス」「チケット手配」などの文字が目に入る。
 そんな路地の突き当たりが新しい住処。オーナーの趣味なのか、入り口付近には鳥カゴがいくつもあって、鳴き声をあげている。近くを歩くと臭気が漂う運河だが、上の方の階までは届かない。狭い水路に激しい波を作り出しながら舟が行き交う。これも立派な交通機関の一つで、バンコク名物の交通渋滞とは無縁のなかなか便利なものだ。揺れる水面がキラキラと太陽を反射している。
 住み始めて最初の朝。ぼんやりと目覚めながら、鳥のさえずりが心地よく耳に届いた。こちらにして正解だとしみじみと思う。やっぱり、贅沢は素敵なのだ。


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