深夜特急

 何が僕をアジアに引きつけるのか。そのアジアとは何か。
 この問いは、出発の前から頭にあったし、旅の途中で何度も考えた。そして、帰国した今でも答えは見出せずにいる。長い期間が必要とされるタイプの問題だ。それに答えが出た時は、人生についても少しは語れるようになっている気がする。
 確かに、物価の安い東南アジアでは、それなりに豪遊することも不可能ではない。だけど、僕が憧れたのは、バックパックに最小限の荷物だけを詰め込んで、ただ歩き回ってあらゆるものを見てみようという旅だ。もちろんホテルなんかはお呼びじゃない。薄汚いゲストハウスのドミトリー(相部屋)がいい。
 そこにしかない空気を吸い、地元の人が集まる屋台で食事をとり、酒を飲みながら様々な人間と語り合う。
 高校の時に「深夜特急」という本を読んだ。以来5年が経過した。そしてようやく、その時に感じた憧れを少しは現実のものにすることができた。
 ヒッピーという言葉や存在はすでに色褪せて聞こえる僕たちの世代にとって、世界を放浪し、なにかしら他人とは異なる生き様を見せてくれるこの「深夜特急」を最初に読んだときの衝撃は計り知れないものがあった。
 著者、沢木耕太郎は香港をスタートに、デリーからロンドンまでは乗合バスだけを使って旅をした。今はできないかもしれないが、大学に入ったら絶対にこんな旅をしてやるんだ、という思いは途切れることなく僕の心の奥底にたぎっていたのである。
 大学3回生の夏休み、アルバイトやレポートを投げ出し、僕は関西国際空港からソウルを経由してバンコク、ドンムアン国際空港へ向かった。
 予定など無いに等かった。全ては日本を発ってから考えた。結果として、タイ、カンボジア、ヴェトナム、ラオス、マレーシア、シンガポールの国々をめぐることになった。
 これは、その旅の記録である。僕が見て、そして思ったことを、日記代わりのメモや写真、そして何より自身の記憶に基づいて記した。


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