「カルカッタへの便は2週間ほど待つことになりますが」とカオサンの旅行代理店で言われた。どうしようか、それまでにチェンマイにでも行こうか。いや、しかし今回はやはりインドとネパールが主目的だから、できるだけ早く入りたい。
「ビジネスクラスだったらすぐに取れると思いますが」という一言は大きく心を動かした。エコノミーでのバンコク・カルカッタの往復より日本円で4000円ほど高かった。しかし、それくらいなら日本でちょっとお酒を飲んでも使う金額だ。そう思うことで自分を納得させた。
ところがその場でOKが取れたのは、僕以外の同行の二人だった。僕だけがキャンセル待ち。「夕方にもう一度来てください。まず大丈夫だと思います」、という言葉にすがるしかなかった。
今回は途中までは三人で旅をした。大学の友人、長谷川君と、僕のバイト先で働いていたデザイナーの今川さんと動いた。長谷川君とは成田で待ち合わせてバンコクへ飛んだ。そして予め打ち合わせて合ったゲストハウスで、ヴェトナム、カンボジアを彼女の友人とまわってきた今川さんと合流した。
しかし、無事に僕のチケットも取れた。
当日は、カオサン近くの運河からボートに乗り、そして鉄道でドンムアンへ向かった。市バスよりは多少割高になるが、渋滞の心配がないということを考えると安全かつ経済的なルートだ。もちろん空港からカオサンへ向かう時もこのルートが使える。
案内所でエアインディアのチェックインカウンターの場所を尋ねたら、「チケットを見せて」と言われた。すると「これはインディアンエアラインズのチケットですね」と。いきなり勘違いしていた。
カウンターが開くまで、ビジネスクラスの受け付けの列に並んでいたら、インド人とファーストコンタクト。何が入っているのだろうかというくらい大きな荷物をいくつもカートに乗せている。そしてなまりのきついインディアンイングリッシュで話しかけてきた。アメリカ人の英語よりもねちゃねちゃとしている。それにRの音を思いっきり巻き舌で発音する。はっきり言ってものすごく聞き取りづらい。
「私は荷物が多いのでこのままだと別料金を払わなくてはならない。どうだろう、君たちの荷物ということでチェックインしてくれたら、代わりに出国税を私が払ってあげようと思うのだが」
僕らはまだ見ぬインドに対して期待感と同時に、ある程度の危機感をも抱いていた。当然のごとくこの申し出は断った。もしその荷物に何かしらまずいものが入っていたら僕たちもトラブルに巻き込まれかねない。それに何よりお金を払ってあげよう、などという甘い申し出は避けた方が賢明であると判断したからだ。
しかし彼は引き下がらない。「ノープロブレムだ。インディアンエアラインズの係官に聞いてみたが、何ら問題はないと言っていた」
それでも僕たちの答えは変わらない。「ノー。出国税は自分で払う。あなたの荷物はあなた自身でチェックインしてくれ」
諦めた彼はさらに列の後方にいる日本人に同じことを持ちかけていたが、同じく断られていた。日本人にだけ話しかけてくる辺りは何かしら感じていた「危険さ」を確固たるものにさせた。
チェックインをすませると、搭乗券と共に「ロイヤルエグゼクティヴラウンジ」の招待券が渡された。
どうやら、ビジネスクラスの乗客専用の待合い室というものが使えるようだった。そこはどんな場所なのだろう。誰もエコノミー以外利用したことがないから、想像できなかった。
「とにかく行ってみよう」
入り口で招待券を示し、中へ。
驚いた。ふかふかの絨毯、籐で編んだゆったりとしたいす、それに何より棚にずらっと並んだ酒の数々。もちろん、冷蔵ケースの中にはシンハが冷えていた。サンドイッチなどの軽食も用意されている。
数人の先客がいたが、どう見ても「ビジネスマン」だった。ビジネスクラスにふさわしい人々。スーツ姿で、カタカタとワープロを打ったり、新聞を読んだりしている。
それに比べ、こちらは全くの場違い。Tシャツにサンダル、しかも僕は短パン。しかし、そんなことはどうでもいい。「それっ」とばかりにまずはシンハを2本開けて、ジンを飲んだりウィスキーを飲んだり。もちろんつまみも食べた。
外見を気にすることなくただ酒(ま、料金に含まれているのだけど)を楽しんでいると、僕たちと同じくらい場違いな格好の男がやってきた。話しを聞くと、やはりエコノミーが取れなかったからビジネスに流れてきたと言う。彼ももちろん飲んだ。
さらに話しを聞くと、なんと同じ大学の1回生。いやいや世間はせまい。始めての海外だけど「とりあえずインドに行ってみたいんだ」と語った。
途中、係員がやってきてフライトの時間が遅れることを告げた。その瞬間、「よし、まだ飲める」と喜んだ。
ロイヤルエグゼクティヴラウンジのトイレは、これまた当然のごとく豪華なものだった。大理石の壁、ピカピカの便器、それに観葉植物まで飾られていた。洗面台にはタイ航空のロゴの入った手拭き用のタオルがかごの中に何枚も用意されていた。もちろん、記念に1枚頂戴した。