投函されなかった手紙

「さあね、癖なんだよ。いつも肝心なことだけ言い忘れる。」
 ……「風の歌を聴け」・村上春樹より
 拝啓
 日本をあっけなく出国して、一日と少し。今日は沈む夕陽を見るため、ずっと甲板にいました。たまにトビウオが海面すれすれを意外にも遠くまで飛んでいました。やはり空は青く、風は心地のいいものです。
 酒税がかからないため500ミリリットルの缶ビールでわずか200円。うれしくなっちゃいます。乗船してから、はっきり言って何もすることはありません。寝るか、甲板で日焼けするか、ビールを飲むかくらい。今は、二本目の一番搾りを飲みながら、この旅ではすでに二度目になる「風の歌を聴け」を読んでいます。テレビにはBSが流れ、一つ下の階から下手クソな誰かのカラオケが否応なく耳に入ってきます。香港返還を祝うカラオケ大会だとか。
 幸か不幸か、未だにワクワク感がやってきません。とりあえず上海に着かないことには何も始まらないような気がします。今までは空港というある意味で非日常的な場所を経由して、飛行機によって不連続な空間が「はい、どうぞ」とばかりに眼前に提示されていたから、そちらに慣れてしまったせいかもしれません。
 だって、出国のスタンプをもらった後も、船からはポートタワーやモザイクや神戸の山並みがすぐそこにあったのだし。
 フェリー自体はこの上なく快適です。ビール以外の物価が高いことを除けば(200円出せば、出さないと、カップラーメン一つ買えます)。
…………  こんな手紙を日記帳に書き留めたけれど、結局そのページは最後までノートから破られることはなく、従って投函されることはなかった。


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