曇り空
茶色、緑色、群青と変化してきた海の色が、泥の色になってきた。新鑑真号は、気付かぬ内に長江を遡っていた。大小様々な船が浮かぶ中、群を抜いて巨大なこの船は航跡を立てないように、歩くほどの速度で両岸の工業地帯を眺めながら進む。
接岸したのは午後の2時だった。船内ヴィザの発行のために、入国管理の係官が乗船してきた。もちろん乗客はまだ上陸できない。毎度の作業だろうに、端で見ていても手際が悪い。
いわゆるLヴィザを押されたパスポートを受け取った。インクのつけ過ぎで、隣のページにそっくりそのままヴィザが写っていた。
ゴミの浮かぶどぶ川の向かいにあるイミグレーションへ。列に並んでいたら、毛一筋ほどの躊躇もなく中国人の若い女性が割り込んだ。そのあまりの自然さに、僕は腹立ちを感じるというよりも、むしろ人民の国にやってきたという実感を得た。
僕は上海に関しては、一冊のガイドブックも、あるいはその類のものも持ってはいなかった。一つにはごく短期間しか滞在するつもりがなかったからだ。と言うのも、「香港返還に伴って、上海と香港を結ぶ直通列車が開通した」というニュースを早朝のラジオで聞いた瞬間、よしその列車に乗ってみようと思い付いたからで、それ以外に上海へ行こうと思う理由がなかったからだ。それともう一つには、たまには歩き方を持たない旅、というものを経験してみたかったから。
ガイドブックがあってもそうなのだが、僕の旅はロールプレイングゲームの展開と似ている所がある。例えば、魔王を倒して姫を助け出すという大きな目的はあるが、そこにたどり着くまでの道順は段階を経て情報を得るしかない。同じように、大体8月の終わりにインドネシアから帰ろうという目標はあるが、そこに至るまでの道筋はまったく存在しない。
きっちりとしたことが得意ではないから、よくても一つ先の段階の情報しか得ようと思わないのだ。次の土地へはどうやったら行けるか、という情報さえあれば、そこではどこが安宿街でどんな見所があるのかという情報は不要だ。そんなことはその街に行ってから入手できればいい。それは単に僕の頭が複雑な事実を処理できないという理由による。
だから日本を出るまでに知っていたことと言えば、新鑑真号に乗れば上海に着くし、ヴィザも船内で入手できるということだけだった。そして上海到着も間近という頃になって、たまたま誰かから教えてもらった浦江飯店のドミトリーが安いということを頭に入れて、入国した。
その人の話では50元ということだったが、55だった。宿の人が呼び込みに来ていた。上質のつるりとした紙に印刷されたホテルのパンフレットは、本当かしらんと首をひねるくらいに綺麗な建物が紹介されていた。しかしそいつは正しかった。ドミトリーを除けば、そこそこのランクのホテルと言ってよいのではないか。
古い木造の建物の発する重く暗い匂いの中、5階までエレベーターで上昇する。エレベーターボーイはこちらの格好を見ると、何も言わなくても5階へ連れていってくれる。そしてそこから汚くて狭くて、サウナのように熱がこもっている階段を上がり廊下を突き進むと、ようやくドミトリーだ。僕は7人部屋の端のベッドだった。しかし部屋もベッドもこざっぱりしていて、悪くはない。隣にいたのはクリスという名のアメリカ人だった。今は山梨の中学で英語を教えているが、以前は上海に住んでいて、その時の教え子を訪ねる目的でここに来ていた。
地図を買って、とりあえず歩いてみる。川岸は人民英雄広場と言うような名称で、家族連れやカップルそれに団体の観光客を大勢目にした。地図を見ても音は分からないが、とりあえず漢字表記であるから文字自体は判別が付く。これはありがたい。
細い道路の両脇に露店が並んでいた。50センチほどの細い蛇をさばいていた。皮を剥ぎ、内臓を取り出し、背骨をぽきぽきと折ってビニール袋に入れている。使う道具と言えば、普通のはさみだけ。剥いだ皮や、腹から取り出した緑色の丸いものを丁寧に外して肉と共に客に渡す。
僕はちょっとしたスーパーマーケットで、吉列(ジレット)の簡単なひげそりとビールを買った。そして眼鏡屋で楕円形のサングラスを一つ買った。コンタクトレンズにして初めての旅で、サングラスをかけることはちょっとした僕の憧れだった。形はずっと前から決めていた。狙いは香港ビジネスマンの休日。そのはずが、鏡を見るとそこにいたのは間抜けなチンピラだった。まあ、いい。
店のおばちゃんは、こちらが中国語を解さないことが分かっても、なお中国語で話しかけてくる。僕は紙に書いてくれと身振りで頼み、筆談によって「どこから来たの?」という問に対して、「日本から」という情報を伝達した。僕は中国語を知っているわけではないが、何となく漢字を並べただけでも通じた。
どんよりとした空だったので、とりあえずは必要なかったからTシャツの首の所に引っかけておいた。
外来語の当て字でいくつかおもしろいものを見つけた。莫師漢堡はモスバーガーで、雀巣珈琲はネスカフェ、そして依雪がエヴィアンだった。意味と音の両面から漢字にしているらしい。
あちらこちらで、ビルが建てられたり、道路を掘り返したりで工事が進んでいる。そして香港の回帰を祝う文字が目に付く。
夜が更けても、浦江飯店の隣のビルでは作業が終わる気配がない。
青島ビールを飲みながらベッドに転がっていると、汽笛が響く。思ったよりずいぶんと涼しい。
しかし僕のこの街に対する印象は、悪くないけど良くもないというものだった。神戸を出発して以来、心は未だ浮き立たない。それはこの街のせいだろうか。それとも印象を受け取る僕の側に何か問題があるのだろうか。
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