こんなものを食べてはみたが

 沖縄の料理について、ある友達がこんなことを言っていた。「まずいわけじゃないけど、感動的においしいというようなものでもない」と。なるほどという思いを強くした今回の旅行だった。沖縄の料理は着飾ったよそ行きの味ではなく、家庭の味なのだという反論はあるかもしれない。けれど、じゃあタイ料理はどうなんだ、というさらなる反論をすぐさま思いついてしまう。屋台で食べる料理だって、ごく普通に地元の人々が日常的に食べているものだが、それは目が覚めるほどにうまいのだ。
 そんなわけで、限定された範囲での経験には過ぎないが、食についての記憶を綴ってみよう。

イラブ
 牧志公設市場の近くに宿をとっていたので、まずは出かけてみる。イラブを干したものがぶら下がっている。黒くて固そうだ。一度くらいは挑戦したいと望んでいたのだが、こいつはどうも高価な材料らしく、料理の値段も桁が違っていたのであきらめた。
 肉屋で、豚の顔が売られていたが、これはタイを思い出させた。
 一階の魚屋で見繕い、それを二階の食堂に持ち込んで好きに調理してもらえるのだとどこかで聞いた。なるほど、なるほど。カラフルな魚が並んでいる。皮をひん剥かれたハリセンボン、つやつやとした青色のブダイ、ミーバイをはじめ数種類はすでに刺身状に切られている。手足をビニールのヒモでがんじがらめにされたカニもいる。
市場の魚
 氷を敷き詰めたトロ箱に、ずらりと顔だけが並ぶ魚がいた。顔面の三分の一はあろうかという巨大でしかし愛嬌のある目玉をしている。石井がうまいことを言った「まるで死んだ魚のような目だ」
 魚屋の親父の薦めに従い(他に選択肢もないことだし)、多少値段交渉もして、僕らは二階へ上がる。複数の食堂があるようだが、おそらくこの魚屋はこの店というように何かしら決まっているのだろう。あるいはキャッシュバックなどの制度もあるのかもしれない。オリオンを飲みながら刺身をつまむが、どうにも身がしゃんとしていない。皮の色が青いのがユニークなくらいで、味も食感も今ひとつ。唐揚げにした魚も(正直、名前を記憶していない)、味あがあるのかないのかよく分からないような白身だった。驚いたのはみそ汁。こちらにも魚が入っているのだが、それよりも一緒にある野菜はなんとレタスである。味噌は甘め。今ひとつ違和感がある。みそ汁とは別の食べ物だと思ったところで、根本的に「うまい」と思えるようなものでもない。まあ観光地の食堂でめずらしいものを食べて、雰囲気を味わったというくらいの感想にとどめておく。明るい点を見出すならば、そこで働いていたチャイナドレスのような服をまとったアジア系の顔立ちの女性がかわいらしかったということか。
お店の女性
 これも宿から歩いてすぐのところに夜遅くまで営業している(もしかしたら24時間かもしれない)食堂があった。半分屋台のようなものである。夜中に見物しているとタクシーの運転手がよく立ち寄っていた。これはじゃあうまいのだろうと、自販機で食券を求めてソーキそばを食べる。柔らかめの太麺がさっぱりとしただしとからむ。トッピングには骨付きの豚肉。この豚肉の代わりに薩摩揚げのような魚のすり身だとメニューの名前が沖縄そばとなり、値段がぐっと安くなる。一杯で110%くらいの満腹感を得られるが、残念ながらこれも食べている間に飽きがくる味だ。何か一つ足りない。芯が通っていないと言うか。もちろん、決してまずくはない。穏やかな味ではあるが、曖昧だ。これは沖縄で食べたもの全般について言えることなのだが。
 この店はそばだけではなく定食もあるし、まあコストパフォーマンスからしたら悪くない。結局ほぼ毎晩僕らは飲んで帰って、ここのそばでしめるということを続けた。電球の元、地元のおっちゃんたちと並んでそばをすするという雰囲気にひかれたのだ。一度は、結婚して奈良から来たけど離婚してどうの、という身の上を持つおばちゃんと楽しく会話が弾んだりもした。
安食堂
 沖縄ならではのメニューとしては「タコライス」なるものが存在する。これはもう宿の目の前、路地を10秒ほど歩いたところの角に立つ小さな店で試した。夕方になると高校生が群がるような店だった。タコライスというのは、タコス+ライスなのである。なんのことはない、タコスの具をご飯の上にのせてある。味付けされた挽肉とレタスとケチャップそれにチーズ。どういう味かと言うと、もうそれぞれの材料の味を思い浮かべてそれを一緒に食べたらこうなるなと想像していただいたそのまま。あるいはそこから1割ほどさっ引いてもそれほど間違っていないかもしれない。大きいサイズを頼んだ石井は途中で後悔していた。
 同じくファーストフードでは、モスバーガーで「沖縄限定」というメニューを見つけてさっそく食べた。豚しょうが焼きのライスバーガー。なんでしょうが焼きが沖縄限定なのかよく分からないが、まあ味としてはモスバーガーである。悪くない。
 限定と言えば、沖縄にしかないファーストフードのお店がある。Jefという店。ここの店先で「今日5月8日はゴーヤの日! ゴーヤ商品半額」とあったので、さほど空腹であったわけでもないのだが、店に入る。注文したのはゴーヤーリングとぬーやるバーガー。前者はオニオンリングのゴーヤー版で、衣をつけてゴーヤーを揚げてある。衣がしつこいくらいに厚く重たい。腹にもたれそうなので、途中からはこの衣をはいで中身だけをつまんだ。ぬーやるバーガーというのは沖縄でよくあるランチョンミートと、ゴーヤーを混ぜたオムレツを挟んだハンバーガー。ふ〜ん、ゴーヤーが入ってるんだなあというくらいの感想しか持ち得ない味だった。僕はジャンクフードがそれほど好きなわけではないし、従ってポリシーを持っているわけでもないのだが、それにしたってまだマクドナルドの方が食べられる。
ゴーヤーリングとぬーやるバーガー
 ダイビングショップの人やツアーに参加した人などと一緒に行った居酒屋では「海ぶどう」というものが気に入った。海草なのだが、何と言うのか浮力を保つための気泡の部分が多くて、まあそれをぶどうに見立てているのだけど、それをドレッシングにつけてぷちぷちと食べる。酒のあてにはさっぱりしているしほのかに潮の香りがしてよい。店の主人が「市場なんかで塩漬けの売ってるけど、あれはおいしくないよ。やっぱり生じゃないとね」と教えてくれたので土産物として購入することはなかった。
 連日夕食は酒を飲みながら(あるいは飲んだくれながら)だったので、必然的に居酒屋のような店が多かったのだが、そこでいわゆる沖縄めいたものは目につく限り試してみた。なかみ(内臓)のイカスミ炒めは、翌朝ちょっと驚かされた。ソーメンチャンプルーなんて、仕送り前の下宿料理のようだった。
 他にもなんやかんやと試したのではあるが、率直に申し上げて沖縄料理が気に入ったかと問われたら、否である。材料が僕らにとって物珍しいというだけで、肝心の味がどうにも。繰り返すけど嫌いじゃないし、まずいわけでもない。可もなく不可もなくと言った程度でしかないのである。感動的に「これは!」というものには残念ながら一つも出会えなかった。
 明るい面を見出そうとしたら、そうだ、サーターアンダギーは悪くなかった。市場を歩きながらちょこちょこっとつまむには最適。丸い揚げドーナツのようなお菓子。カボチャや黒砂糖や紅イモが練り込まれているものもあった。唯一自分への土産として持ち帰ったのはこのお菓子くらいである。しかしこれとて、ぎゅっと身が詰まりすぎていて重たすぎる感は否めないし、揚げた後に油がしっかり切れていないから揚げたてならまだしも時間が経つとあまりよろしくなさそうだ。
サーターアンダギー
 僕が食べたものが限られていると言われたらそうなのだろう。もう少しお金をかけたお店へ行ってもよかったのかもしれない。あるいは離島へ行って固有の料理に挑戦したらまた違う感想を抱いたのかもしれない。けれども、少なくとも今回に限っては、積極的に好感を抱くような食べ物にはほとんど出会うことがなかった。日本史上に生きた某氏の有名なセリフがぴったりだ。「これが沖縄料理でございます」「あっそう」。断っておくが、歴史を踏まえての嫌みとか皮肉ではない、決して。


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