帝国のテーマ

 起きたら9時だった。
 この時刻はちょうど、この宿の朝食の終了時刻と、後藤との待ち合わせとして約束していた時刻でもある。
 地下のダイニングへ降りて、台所にいる人に「ごめん、ご飯まだいいかな?」と頼んで朝食にする。後藤との約束は反故にする。彼も寝倒して来ていないかもしれない、と可能性の高い推論で罪悪感を紛らわせた。それに昨日別れたときに「もし朝会えなかったら、また夕方の6時に」と彼が提案してくれていたので、その時でもいいや、と。
 戦艦ベルファストを共に見に行こうという目論みがあったのだが、「歩き方」をめくってるとちょうどバッキンガム宮殿での衛兵交代が11時半からなので、そちらへ早めに出ていい場所を確保しておくことにした。
 一時間以上前に到着したものの、最前列は既に人でいっぱいだった。そのすぐ後ろで比較的、人口密度の低い場所を選んで、衛兵の到着をじっと待つ。馬上の警官がスリへの注意を朗々と呼びかけている。
 少しずつ人垣は厚くなっていく。暇と体力を持てあましている僕のような旅行者はずっと立っていればよいけれど、そうすることのかなわない人だって世の中にはいる。車椅子に乗った人とその家族、それに小さな子ども達の団体などは警備の人に促されて、 鉄柵の小さな門から中に入っていた。
 音楽を鳴らしながら、公園を通って衛兵たちがやってくる。黒いズボン、白い線が入った赤の上着、それにもこっとした例の黒い帽子には水色の羽が飾られている。全員がその格好というわけではなく、半分ほどは白いヘルメットのようなものをかぶっていた。偉そうな人は、金色のロープ状の飾りをつけている。
 人混みの中にあるときに、モニタがついているデジカメはありがたい。手を頭上に伸ばし、自分の目では直接見えないシーンもそのモニタを通じて見ることができる。

衛兵交替
 人が一人立っていられるくらいの大きさの、衛兵の詰め所をその偉そうな人が見聞して異常がないかどうかを確かめている。動き方というのが格式だって決められているのだろうが、さも「しかと確認しております」という風に頭をちょこまか動かして彼が詰め所をのぞき込んでいる場面は、その後ろ姿を見物している我々にささやかな笑い声を起こした。その大きな帽子の動き方が、ぴょこぴょこと言うにふさわしく、威厳とか格式というところと正対していたからだ。
 同じように、行進を止めて自分の立つべき位置の微調整の際には、誰もが「ちょこまか」という形に動かす。先ほどまでの行進の姿とのギャップが微笑ましい。そして小石を敷き詰められた足場のために、ざざっという音がたつのもそのおかしさを増している。
 だが、何よりも僕をおどろかせたのは彼らの演奏だった。交代の儀式の一環なのか、それとも観光客へのサーヴィスなのかは知らないが、楽隊から聞こえてきた音楽には、いくらそういうものに疎い僕ですら聞き覚えがあるものだった。はじめに「スターウォーズ」のテーマ曲らしき音が聞こえてきた。でも、そのものだとは思わなかった。まさか、イギリスのロンドンのしかもバッキンガム宮殿で女王陛下の近衛兵たちが、アメリカ映画のテーマなんか奏でるわけはないじゃないか、というのが判断の根拠だった。だから、それはきっと僕が知らないだけで、何か有名なクラシックの作品なのだろうと思った。そして、スターウォーズのテーマはそれをアレンジしていたのだろう、と。
 だが、その次にかかった曲がダースベーダーのテーマだったことで、もはや疑う余地も他に解釈するべき推論もどこにも残されていなかった。
 「ええんかいな」と感想を述べる他ない。
 たまたま、バッキンガム宮殿の内部を公開している時期だったのだが、列があまりにも長くてやめにした。それに、小雨もぱらつきはじめた。
 当初の予定から数時間遅れてベルファストを見に出かけることにしたが、寒いし、小雨が続いているので、とりあえずはテムズ河畔のパブで昼食をとることにした。ギネスを1パイントとサンドウィッチ。具にはハムと鶏肉とモッツァレラを選んだ。パンも鶏も非常に分厚い。そして味がないので、仕方なく添えられたサラダのドレッシングをつけながら食べた。昼食にビールを飲んでいても少しも違和感がないのはこの国の非常によい点だと思う。
戦艦ベルファスト号
 鉛色をしたテムズ川に浮かぶ、迷彩色が施されこの船は、まぎれもなく本物の軍艦である。僕はこの手のものに空っきし知識がなく、訪れようという発想も「川に軍艦」という情景的なおもしろさだけからである。方や、おそらくはちゃんと午前中に来ていただろう後藤はこちらの方面にも造詣が深く、かなり以前からベルファストを楽しみにしていたようだ。だが、ロンドンでやりたいことというのが、少なくとも彼の口から聞いた限りでは「ベルファスト号探訪」と「コートを買う」という二つだというのもかなり変わっている。
 何の予備知識も持たない僕は、昨日とは打って変わって川面からの冷えた風が吹き付ける甲板でパンフレットに目を通してみたり、船内の解説ビデオを見てその概要を学ぶ。1938年に進水したこの軍艦は、第二次大戦や朝鮮戦争でも使用されたのだそうだ。
 現在では、展示のために用いられていて、色々の格好をした人形が往事を模している。無線室からはモールス信号が流れ、爆音を背景に必死の形相でマイクを握り命令を飛ばす指揮官や、負傷した兵士の手術を行う医者、調理室には肉の塊などもぶら下げられている。兵士の部屋には、談笑が広がり、恋人かあるいは家族に宛ててだろうか手紙をしたためる姿もあった。さらには懲罰房では「てへへ」と罰の悪そうな表情を浮かべた兵士が上官から叱られていた。イギリス人というのは、この手の人形を用いて情景を再現することが好きなのかもしれないと思うほどに、艦内には様々な動かぬ軍人たちが従事していた。
 足を踏み入れることのできる区域は非常に広く、最下層のエンジンルームまで降りてゆくことができた。だが、空調は効いているし目にする物は珍しいけれど、何とはなしにではあるが気が滅入ってくる。風のひき始めのようかとも思うが、それとも少し違う気がする。
 この次には、トゥリー駅近くのロンドンダンジョンへ行こうというつもりをしていた。中世の虐殺や処刑や拷問をこれまた人形を使って再現した博物館。だが、これ以上薄暗いところに居続けると、本当に体調を崩してしまいそうな気がしてやめにした。
 代わりに、先ほどのパブと同じショッピングセンターにあるスターバックスで熱々のキャラメルマキアートを飲んだ。熱くて甘いもので復活を図ろうとしたのだが、これも今ひとつだった。仕方なく、宿にもどって少し昼寝をする。
 待ち合わせの少し前に目を覚まし、散歩がてらヴィクトリア駅の周りを歩いていたら大きな教会に出くわした。地図とつきあわせると、ウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)だった。昨日、おとといと横を通ったウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)とはまた違う。
ウェストミンスター大聖堂
 時間つぶしに中へ入ると、ミサの最中だった。広大なホールに、司祭の声が響き、人々が木の椅子に座っていた。ニューヨークの事件のための祭壇も設けられていた。足音をたてることすら憚られるように感じた。
 幸いなことに、夕方6時には僕も後藤もちゃんと待ち合わせ場所にいた。彼はちゃんと朝も定刻に来ていたらしい。悪いことをした。
 駅前のレストランで、夕食。入り口の黒板には「ドーバー舌平目」が示されていたが、ウェイターが「今日はないんです」と答えてきた。魚だったらなにがあるのかと問うと「スティングレーでしたら」ということなので、率直に言ってその単語は知らなかったけれどそれを頼んでみる。
 頭をしばし巡らした後藤が「それ、確かエイのことですよ」と教えてくれた。
 なるほど、その通りだった。バターでソテーされたエイの半身が、皮付きのままゆでられただけの4個のジャガイモと、ぼそぼそになったニンジンと共に出てきた。味は悪くないけれど、火の通し過ぎだけはいかんともしがたいものがある。
 それなりに満足して食事を終え、またパブへ出向く。「ギネスを1パイント」と注文したら、店員が何事かを言ってきた。おそらくは軽いジョークのような物だと思うのだが、残念ながら僕はさっぱり対応できなかった。二回聞き返したら、彼は「あ、いいや」というような表情をしてギネスを注いでくれた。悔しいけれど、僕の英語力はまだまだだ。
 ゆるゆると二人でグラスを傾けながら、共通の友人に絵葉書を書こうということになった。彼の書いたメッセージの中に、まさかこんなところでこんな人と25の誕生日を迎えるとは、というようなことが書かれていた。
 「え、誕生日なん?」と問うと「そうなんですよ」という控えめな返事。彼自身の歴史が新たな四半世紀を迎える夜に、彼がいるのはロンドンでしかも同席しているのが僕だとは。少し申し訳ない気持ちになりつつ、そして半ば呆れつつ「誕生日、おめでとう」


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