約束の土地へ

 実は、アイラ島に1平方フィートの土地を持っている。
 そもそも、アイラ島とはどこにあるのか。僕だって詳しくは知らなかった。スコッチを産出する土地だから、スコットランドのどこかだろう、というくらいの理解だった。では、イングランドとスコットランドの境界がどこか、と問われても答えられない。我が家の壁に貼ってある世界地図にはその島の名称の表記はない。もう少し詳しい地図でイギリス全土を眺めたとき、北西の辺りにヘブリディーズ諸島というのがある。アイラ島は、その南の方にある小さな島。人口はおよそ3500人(サイトによって3400〜4000と表記の開きがある)。
 前々回の旅行の帰り、バンコクのドンムアン空港で買ったラフロイグという酒がキャンペーンを行っていた。付属していた用紙に必要事項を記入して、栓を覆っていた金属製のシールと共に蒸留所へ送ると、生涯にわたる土地の貸借権を得られるというもの。もちろんお遊びだから金銭のやりとりなんて無粋なものは発生しないし、するわけもない。
 ただ、数ヶ月後の忘れかけたころに送られてきた証明書によると、僕はアイラ島にあるラフロイグ蒸留所を訪れると、地代として年に1杯のラフロイグを与えられ、そして僕の土地とされている場所への案内をしてもらえるというのだ。 (このキャンペーンは継続的に行われているようだ。ラフロイグのバーコードの番号さえ手元にあれば、誰でもラフロイグ社のサイトから申し込むことができる。しかも抽選ではない。いわゆる全プレである)
 今回の旅の動機となったこの証明書を一読していただければ、詳細をお分かりいただけるだろう。

原文
日本語訳
LIFETIME LEASE ON A SQUARE FOOT OF ISLAY

This is to certify that
Mr Kei Awaru is a Friend of LAPHROAIG and, accordingly, has become the lifetime leaseholder of an Unregistered plot recorded at LAPHROAIG DISTILLERY.

As a condition of this award, we agree to pay a yearly ground rent in the sum of one dram of Laphroaig, to be claimed in person at the distillery. You'll understand we're not offering heritable ownership or any right to cut peat, farm sheep or extract minerals from the plot - far better to take up your right to a warming measure of Laphroaig.

Upon the Leaseholder's arrival at Laphroaig we undertake to provide a map, with adequate directions for locating the PLOT, and suitable protective clothing against Islay's rugged weather and eccentric wildlife.

The LEASEHOLDERS' Cupboard will contain at all times essential equipment, including: For ascertaining the boundaries of the plot, one tape measure; a pair of wellingtons, size 12, approximately one foot in length.

For the journey to the plot, protective headgear against low-flying GEESE; a thick overcoat to repel the inclement Scottish mist; a lifebelt and anchor to safeguard against being blown out to sea; one ball of string for securing trouser legs from inquisitive stoats; and a towel for the Leaseholder to dry-off in the event of unwelcome attention from affectionate offers.

No moment is more special than savouring our rugged single malt at its source to the sound of the sea. To do so is to understand why Laphloaig is the most rewarding and individual of all malt whiskies.

アイラ島における1平方フィートの生涯にわたる賃借

この書面において、ケイ・アワル氏がラフロイグの友であり、従って、登記はなされないものの、ラフロイグ蒸留所にて記録された一区画の土地を生涯にわたって貸借する権利を有することを証明する。

この特典の条件として、我々は一年ごとに一杯のラフロイグをあなたに支払うことに同意する。ただし、蒸留所に直接にお出でになった場合において。我々が提供するのは、相続することのできる土地所有権や、ピートを切り出すような権利でもなく、あるいはその土地で羊を飼育したり、採鉱するような権利ではないことをご理解いただきたい。そのようなことよりもより意味を持つ、ラフロイグと親密な関係を結ぶことができる権利である。

ラフロイグ蒸留所へお越しいただいたときには、あなたの土地を明示することのできる地図をお渡しし、アイラの荒天や様々の野生生物から身を守ることができる装備一式を提供する。

貸借権を有する人々のための棚には、以下に示すような必要不可欠な装備を常備している。「土地の境界を計測するための計測器・サイズ12の膝まで覆う長靴」である。

また、あなたの土地を訪れるにあたっての以下の物も用意している。「低空を飛ぶ鵞鳥から身を守るためのヘッドギア、スコットランドの寒冷地に見られる霧に対しては防水性のコートを、海へ吹き飛ばされることのないようにベルトと命綱、茂みを嗅ぎ回っているイタチにズボンを汚されないように、毛玉を一つ、それにそこで起こりうる突発的な出来事によって濡れてしまった身体の水気を取るためのタオル」

波の音が轟く蒸留所が生み出す重厚な味のシングルモルトを守り、貯蔵する時間こそが、我々にとっては他の何事にも代え難いほどに重要なのである。故に、ラフロイグがあらゆるシングルモルトウィスキーの中でもっとも賞賛を集めかつ個性的であるということをご理解いただけることだろう。

土地貸借の証明書
 けれど、アイラ島は遠い。日本から訪れようとすると、まずロンドンへ飛び、ロンドンからグラスゴーを経由してようやくと島へ渡ることができる。同封されていた手紙が言うように「私たちの間は、少しだけ遠いのです」
 でも、少し遅めの夏休みとして、僕は少しだけ遠くても旅の目的地に選んだ。主目的はラフロイグ蒸留所でラフロイグを飲むというものだ。気分としてはキリンの京都工場で、KARAHANA1200ビールを飲むのと同じようなものだ。
 そうまでして飲みたいと思う酒とはどのような酒なのか。極めて簡単に事実だけを述べると、単一のモルトから作られるシングルモルトウィスキーであり、そしてアイラ島産のものは独特のピートの香りが漂っている。特にラフロイグの香りは、人によっては悪臭と捉えるかもしれないほどの。「保健室の匂い」と例えると、その性格をかなり言い表していると思う。詳しくは村上春樹の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」をお読みいただきたい。
 なお、他の多くのウィスキーはこれらシングルモルトを始めとして、何種類もがブレンドされて作られる。例えばラフロイグはバランタインを構成する要素の一つであり、同じくアイラ産のアードベッグは「バランタイン魔法の7柱」の一本に数えられている。
 正直な話し、僕がこの手の酒を昔から知っているかと言うと決してそんなことはない。「もし僕らの…」を読まなかったら、ずっとカティーサークやバランタインや、あるいはI.W.ハーパーを好んで飲んでいたかもしれない。だけど、一読してからウィスキーに対する考え方が大きく広がり、少なくとも今のところ家の棚には「ラフロイグ10年」「ボウモアカスクストレングス」「ボウモアダーケスト」「ザ・マッカラン」が並んでいる。いずれもシングルモルトである。ボウモアも同じくアイラ島の出身である。
 こうして昨夏のミュンヘンビール旅に続き、酒を主目的にヨーロッパへ飛ぶことにした。行程は伊丹・成田・ロンドン・グラスゴー・アイラ島と結ばれる。ロンドンとアイラ島、それぞれ3泊4日。全日空の貯まったマイルを利用して、行きはビジネスクラスにアップグレード。また、ロンドン、グラスゴーの間は以前貯めていたタイ航空のマイルで、ブリティッシュミッドランド航空のこちらもビジネスクラスの無料券(期限が迫っているから消費したかったのである)。グラスゴー・アイラ間は、ブリティッシュエアウェイズの航空券。だが実際に運行しているのはローガンエアーというスコットランドの会社である。
 「アイラに行くけど、誰か一緒に行かない?」ということを夏の前に話しをしていたら、友人の一人が参加することになった。
 学生時代の後輩で、彼もまた大学で5年間を過ごした男である。一時期は官僚を目指していたくらいには優秀である。身長が高く、黒い衣装を好んで身につける彼のルックスは、同性の僕からしても悪くないと思う。物腰は柔らかで、嫌煙者の前ではセイラムに火をつけることは、あまり、ない。山田詠美を愛読し、ポストペットのモモを非常に好む。コンピュータに精通していて、その手の職業に就いているが、コンピュータギークという言葉から想起されるイメージには決してそぐわない。
 そして、力も強く、友人連中で共同購入した土鍋の蓋を、酔いの勢いでまっぷたつに割ったことは未だに語り草である。しかも本人は、そのことを記憶していないと言い張るほどの謙虚さも持ち合わせている。そして、いったん寝付くと他人の家だろうが翌日の夕方くらいまでは目を覚まさないというタフな人物だ。
 今後の利便のために名を明らかにしておく。後藤、と言う。
 彼は仕事の都合もあり、一日遅れでロンドンで待ち合わせることにした。

 なお、アイラ島のことを調べるにあたって、インターネットの便利さを改めて認識した。「地球の歩き方」のイギリス編にも載っていないほどの土地ではあるが、もちろんネットにはいくつもの有益な情報を見つけることができた。
 あまりこれまでは「旅行情報」ということを僕のサイトでは重視していなかったのだが、今回に限ってはお酒に重きを置いたアイラ島関連リンク集を作成してみた。アイラに興味のある方、そして今後アイラ島を訪れるようとする方の参考になれば幸いである。


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