くまのプー

 久しぶりにちょっとした旅行に出かける。バンコク出発は8月9日の午前0時過ぎ。戻って来るのは20日の午後。およそ11日と半日。
 まずは飛行機の話から始めよう。全行程、13,778マイル。その内の8割弱がバンコク〜コペンハーゲンの往復分で占められており、現地移動はさほどでもないように思えるが、フライトを見るとかなり慌しいことが分かる。

8月9日バンコク→コペンハーゲン→ベルゲン
8月11日ベルゲン→コペンハーゲン→トゥルク
8月13日トゥルク→コペンハーゲン→パリ
8月17日パリ→コペンハーゲン
8月19日コペンハーゲン→(機中泊)
8月20日→バンコク
 目的地は4カ国4都市。そして、全8フライトの内、乗り継ぎも含め、北欧のハブ空港であるコペンハーゲンの利用が5回にのぼる。どこに行くにもコペン、コペン、コペン。ただ、国際線でも、全てシェンゲン協定加盟国間の移動なので感覚は国内移動とさほど変わらないはずだ。
 航空券は2通。バンコクからコペンハーゲンを経由してベルゲンの往復(帰路にコペンハーゲンストップオーバー)が一つと、その他はスターアライアンスの「ヨーロピアンエアパス」の利用。
 eチケットの予約詳細を眺めていておもしろいことに気がついた。予定されている機材にこれだけの種類があるのだが、

・Airbus A343
・Avroliner RJ100
・Douglas MD-80
・Aerospace 146
・Airbus A321

 「ああ、ヨーロッパなのだ」と感慨深かった。(一機種以外)

 ところで、パリ滞在中に結婚してからちょうど5ヶ月がめぐることになる。慌しい時間であったが、予期していたよりはすんなりと日常を築き上げつつあることは喜ばしく思っている。ただ、その反面、あたたかな桃色の薄靄に包まれたような「らぶらぶ・ちゅっちゅ」な日々というのは、その影すらも見かけることはなかった。僕の期待が過度だったからだろう。あるいは、「新婚」とか「新妻」とかの語彙に対し僕が不必要なイメージを付加していたからなのかもしれない。
 とは言え、これは我々の「新婚旅行」である。
 実際のところ、この旅行に至るまでの5ヶ月の間に、二度の海外を含め、既に4回旅行に行って来た。
 3月半ばに挙げた式の2週間後には、チャアムのビーチリゾートに建つデザインホテルで週末を。5月の初旬にはシミラン諸島ダイビングクルーズ。このとき、ミャンマーを襲ったサイクロンに出くわして、タイ海軍の軍艦に救助されて帰ってきた。5月半ばには友達の結婚式に呼ばれて二人で京都へ行き、その足で福島県まで行って親戚に顔を出してきた。ところが発達した低気圧のせいで常磐線が運休し、予定の時間に成田空港まで接続できず、結局東京にも一泊してきた。さらに、6月のある火曜日にふと思い立って、その土日をラオスの古都、ルアンプラバンでのんびり過ごしてきた。
 でも、どれも新婚旅行ではなかった。僕らは、今回のこれを新婚旅行と呼ぶのだ。やる気の問題だ。「新婚旅行である」と二人が考えれば、それがすなわち定義なのである。
 タイ語では「ドゥーム・ナムプン・プラチャン(飲む・蜂蜜・月)」、あるいは英語でそのまま「ハニームーン」と呼ぶけれど、こっ恥ずかしいので、我々は「くまのプーさん旅行」と呼ぶことにしている。Google Docs上でスケジュールや予算を共有管理しているファイル名は、「Honey Pooh」である。会話にも、「クマ旅行まで2週間切った」だとか、「プー、かなり気温低そうやで」などとしばしば登場する。
 そんなことは知っている! 他者の視線にとっては、こちらの方が羞恥度がいや増すことを。もし、僕ら以外の人がこんなことを言っているのであれば、バケツで水をぶっかけてやりたいと思う。だが、それを承知した上での所業であり、こういうことをやってしまうあたり、確かに新婚旅行ならではであろう。
 おそらくは一生に一度なので、金銭的には汲々としないことが了解事項だ。本来だったら飛行機もファーストクラスを取りたかったのだが、スカンジナビア航空(SAS)には設定がないので、仕方なくビジネスクラスで我慢することにした。
 仕方なくビジネスクラスで我慢することにした…我慢するはずだった。貯まったマイルでエコノミーからのアップグレードを図ったのだが、設定がないのか空きがないのか叶わずだった。だけど、ほんのささやかな贅沢として、プレミアム・エコノミーの座席を予約した。ちなみに妻はこのことを知らない。搭乗して「あれっ?」と訊ねられるのが楽しみだ。

 最初の目的地はノルウェー第二の街、ベルゲン。1299年にオスロに遷都されるまではここが首都であり、ハンザ同盟の主要都市でもあった。往時の姿をとどめる街並みは世界遺産にも指定されている。大きな港があり、フィヨルド観光の基点でもある。しかし僕らにとっては、僕の妹が住んでいるからという理由で選択した土地である。
 飛び立つまでに唯一覚えたノルウェー語は、おはようを意味する「ゴモルン」
 空港に迎えに来てくれる妹への第一声は、「ゴモルン!」 そこから先は、彼女に委ねることにする。


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