梅雨空のもとで
蒸し暑い。空気をつかまえて、ぎゅっと手のひらで握ったら水滴がしたたってきそうだ。「湿度は80%です」と天気予報で言っている。粘性の高い空気は、呼吸にさえも普段よりエネルギーを必要とする。洗濯ものは乾かない。髪の毛はべたっとしてしまう。外出の際は傘を忘れるわけにはいかない。紛う方なき、梅雨の季節のただ中である。
しかし不快な空気ではあるが、この時期ならではの夏の準備を行う。用意するのは、青梅、氷砂糖、焼酎、ガラス瓶。そう、梅酒を漬けるのはまさにこの梅雨の時期なのである。オレンジページでは梅干しの作り方が特集されていて、わずかに気持ちが傾きかけたのだが、土用干しなどの作業がなかなかに手間がかかりそうだったのでやめにした。 梅酒の方はそれほどたいそうな作業でもない。
数年前にも一度漬けたことがあるので、要領は分かっている。瓶はよく洗った上で熱湯をさっとかけて消毒をしておく。梅を洗ってよく拭いて、へたの部分を楊枝でそっと取り外して、氷砂糖と交互に瓶に敷き、上からたぷたぷと焼酎を注ぐ。あとはひたすら放っておく。
何もしないでもいいのだけど、それでも具合をちょこちょこと観察しているといろいろと興味深い。一日もせずに梅が中層に浮いてきて、氷砂糖が少しずつ溶け出していく。青々していた梅はしだいに黄色みがかってくる。つるりとしていた表面だが、浸透圧によって水分が外に出てしまうので、結果としてしわがよってくる。
1週間くらいではまだまだ氷砂糖は溶けきっておらず、底の方に固体のままそっと溜まっている。下の方が糖分の濃度が高いから、梅がしわになる度合いも下の方が高い。しかし、十分な時間を経れば溶質は均一に拡散するはずである。梅酒におけるエントロピーの増大をじっと待つ。
使用量を控えたので、氷砂糖がまだ500グラムほど余っている。普段から料理でも砂糖はほとんど使わないが、氷砂糖にいたってはなおさらである。そこで、瓶をもう一つ買って、何か別のお酒を漬けようかと思っている。レモンだとさっぱりしたものができてよいかなと思う。時期的によく見かける枇杷やプラムなんかにもひかれる。果物以外なら、学生時代によく行った(実のところ、今でもたまに行く)居酒屋にあるコーヒー酒も魅力的。お酒も安い果実酒用の焼酎ではなくウィスキーで挑戦してみたいが、こちらはどうにもやはり「もったいない」という気持ちが先立ってしまう。
あと数週間の後、空を覆う雲が晴れたら夏がやってくる。氷を入れたグラスに手製の果実酒と炭酸水を注ぎ、うだるような盛夏の午後を過ごそう。この手のお酒には、青空が似合いそうな気がする。
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