季節の変わり目

 ふいに耳が軽い。
 軽いのは口ではなく、腰でもなく、ましてや頭が軽いというのではない(きっぱりとは否定できない気もするのだが)。耳、である。
 家の外を一人で歩いているとき、というのは大抵何かを聴いている。カバンに常にウォークマンを携帯しているのだ。もっともM社製なので、正しくは「携帯用ヘッドフォンステレオ・ラジオチューナー付き」であるが。購入時に付属していた耳に突っ込む形のヘッドフォンを家の床で踏みつぶしてしまい、ヨーヨーのような形状をした耳に引っかけるタイプを常用している。そこから流れてくるのはAMラジオの番組の録音かFM放送かなので音の善し悪しを論じるほどではないが、すっぽりと耳にかぶさる安定感がよい。
 しかしこのPブランドの携帯用ヘッドフォンステレオ、一年半ほど前に買ったのだが、相性がよくないのか保証期間中に二度も修理に出している。内容はと言うと、リモコンの表示部分がでたらめになって、その上にボタン操作が無効になってしまうという不具合と、バッテリーは十分でも唐突に電源が切れるという致命的な症状だった。無料で部品交換をしてもらい、まあ今のところは両者とも回復している。
 だが、今度はまた新たな障害が発生。ラジオは問題なく聞こえるのだが、テープを再生したらある日うんともすんとも言わなくなった。3本ほど試してみたが無音。コンポで再生したらごく普通に音が出てくるのに。
 保証期間が終わっているので実費はかかるが仕方なく再入院である。
 そんなわけで、耳に何もない。髪の毛をばっさり切ったら軽くなったという感覚と同じようなもので、毎日ヘッドフォンをしていても何も気にならなかったが、外してみるとそう言えば身軽だなと感じている。歩いたり自転車をこいだりしている間がなんだか手持ちぶさたで退屈ではあるが、2週間程度のことなのだと割り切って諦める。
 しかし変化はそれだけではない。意図的な音が存在しない代わりに無意識に周囲が耳に入ってくる。それは例えば車のエンジン音であっても、「おや、こんなに?」というくらいに感じられる。ヘッドフォンから大音量を聴いていたわけではないが、意識する・しないというのは大きいもので、これまでは聴きたい対象の外にある音というのは雑音としてかなりの程度無視されていたようだ。
 そして今夜、日が暮れてから歩いているとふいに虫の音が聞こえてきた。そんな季節なんだな、と気温の変化もさることながら改めて知った。そう言えば、大きな満月がビルの谷間に浮かんでいる。


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