コーヒーを淹れる
ずっと幼い頃、寒い季節。親戚の家の応接間。おそらく父方の親戚のはずだ。暖房がきいている。テーブルの上に置かれたアルコールランプの青く透き通った炎。沸いた湯がガラスの管をするすると上昇していき茶色い液体となって再びフラスコにたまる。コーヒーを飲むような年齢ではなかったけれど、サイフォンの情景はくっきりと記憶に刻まれた。
僕はずっとその不思議な道具に憧れていた。
それからゆうに十数年は経って大学生活の半ば、ようやくと手にした。とりたてて臨時収入があったというわけでもなかったのだが、どうしてもほしくなって河原町の高島屋で。
パフォーマ6210というマッキントッシュ購入の際、おまけでもらったマグカップに注いでたっぷりとコーヒーを飲んでいた。雪の朝とか、読書に徹する夜とか、半日で学校が終わった午後とか、隣家の紫陽花をぼんやり眺める梅雨の時期とか。
アパートの扉を開いたとき、コーヒーの残り香が漂っていると幸せな気分になったものだ。
フィルターごと捨てればよいペーパードリップとは違い、洗ったり布フィルターを水につけて保存したりという手間はかかったが、それも含めて意味のある深い時間だった。
豆は主として河原町今出川を下った出町輸入食品という店で仕入れていた。レシートを一定額分貯めると還元してくれるサービスがあった。
西宮に引っ越してきてからは、手間がかからないということを優先してペーパードリップにしている。これはこれで、少量の湯で蒸らしている間に豆が生き物のようにもこもこと盛り上がる様が楽しい。
そして最近、エスプレッソメーカーを買った。通販生活などで見かける何万円もするデロンギ製のすごい物なんかではなく、直火にかけるタイプの簡易なもの。下の部分に水を入れ、真ん中あたりのフィルターの上に挽いた豆を乗せ、弱火で沸騰させると細い管を通って上部のガラスの部分に煮出されたエスプレッソがたまる。上半分がガラスになっているというのがちょっと珍しく、噴水のようにコーヒーが噴き出してくるのを視覚的に捉えることができる。
豆はインターネットで通販している。焙煎やコクの度合い、ブレンドの割合まで細かく希望でき(よく分からないからお薦めに従っているのだが)、注文を受けてから店主が焙煎して発送してくれる店だ。ページのデザインは決して良いとは言えないけど、シンプルな使い勝手で、何より情熱が注がれているというのが見てとれる。
今回も「エスプレッソにしたいのだけど、どのような豆がよいのだろうか」と質問を投げかけると、即座に詳しく教えてくれた。曰く、カリブ海系以外の豆で極細挽きにするのがよい。またフレンチローストより少々浅めのハイシティローストあたりが個人的には好みだ、など。
起き抜けはもちろん、家にいる休日はもうそれこそ一日中コーヒーを飲んでいる。カップに入ったコーヒーを具体的に飲むときにも、そしてそこに至るまでにもいくつもの物語が含まれている。
文中に出てきたコーヒー屋さんは「珈琲豆オーダー焙煎工房 煎りたて屋」
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