応答願います
夢の中、出来事が一段落して場面が転換した先は現実だった。睡眠と覚醒の境目を漂っていて、ふとした拍子に眠りの海からほんの数センチ浮かび上がったような。あまりに両者が近接していたから、先ほどまでの夢と同じくらいリアルに朝の世界にやってきた。自分でも不思議に思えるほどぱっちりと目が覚めた。
と、数拍を置いてリビングに置かれたコンポのスピーカーから目覚まし用の大きな音で人の声が聞こえてきた。「JOAW-FM JOAW-FM FM COCOLO of Kansai Intermedia」
毎朝FMラジオのタイマーを仕掛けているのだけれど、チャンネル設定を間違えたらしい。普通ならα-STATIONの音楽が聞こえてくるべきところ、午前6時に放送を始めたFM COCOLOの電波を拾っていた。音楽が耳に入ると思っているところに、急におじさんの声でこんなのが聞こえるとびっくりする。
交信や放送の開始時にはコールサインをアナウンスすべし、というのは電波法だったか国際的な規則だったかで定められている。例えばメールアドレスは世界に同じものが複数ないのと同じように、無線局や放送局を識別するコールサインも固有のものである。
かく言う僕もアマチュア局としてのコールサインを一つ持っている。中学時代に担任だった理科の教師に勧められて電話級アマチュア無線技士(当時)という資格を取得し、大学入学すぐに第二級アマチュア無線技士をとった。
もはやそちらの趣味の領域からはほとんど外れてしまっているものの、それなりの興味は有している。朝一番にFM局のコールサインが聞こえてきたとき、その意外性に驚くと同時になんだか懐かしくもなってしまった。
中学時代の夏休み、技術教室に置かれた無線機。50MHzのSSBで「QTHは根室です」なんて聞こえるとそれだけで胸が躍ったものだ。応答する声にも力が入り、「こちらは兵庫県尼崎市です。RS、59をお送りします」なんて奮える声で返事をする。
極めて大雑把に言って、インターネットもアマチュア無線も、コミュニケーションという観点からは似た性質があると思う。ただ、確実に違うのは無線というのは電波を利用しているから、そこに不確実性が大いに入り込む余地があるという点である。雨や雪、太陽の活動状況や、上空のスポラディックE層(心躍るEスポ!)などの電離層、あるいは降り注ぐ流星群等々の自然条件が要素として意味を持っているのだ。地球の裏側とは交信できても、数十キロ先が聞こえないということも往々にしてある。
「ハローCQ、CQ、こちらはJQ3F……。コーリング・CQ・アンド・スタンディングバイ」
CQの語源には「Come Quick」と「Seek You」(ちなみにICQは「I seek you」である)という両説を目にしたことがある。
頼りなげな空に向かってCQを送信するのも、広大無辺のコンピュータネットワークの世界にホームページを開くのも、どこかしら似通った思いがあるのかもしれない。
「ハローCQ、CQ……」
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