春のカタルシス
満開の桜を見極めるのは容易なことではない。咲き始めはよく分かる、昨日までとは樹の色が一変するからだ。七分、八分くらいまでは注意深く成り行きを見守っていても、そこから先はあまりに早い。ふと気付いたらもう花びらは柔らかな春風に舞っている。最初のひとひらが枝から離れる直前の瞬間を眺めたいという欲求は今年もかなわなかった。やるせなさともどかしさがまた次回へと持ち越される。
散り始めた桜を目撃した翌日の昼下がり、部屋の窓を全開にして食事の準備にかかる。鍋にたっぷりの湯を沸かし、鰹だしをとる。学生の頃にはちゃんとした鰹節削り器を使っていたのだが、ここしばらくは削り節を買ってきて冷凍保存している。
鍋に直接鰹節を投入するのではなく、まずステンレスのざるを入れ、その中に鰹節を贅沢めに。 網のざるだと細かい削り節が引っかかってしまい洗うのが面倒だが、これはステンレスのシートにパンチ穴を開けて加工されているものだからそういうことがない。戻したひじきの水を切るときにも、同じ理由で重宝する。
火を弱めて少々時間をおく。ざるごと引き上げれば漉す手間をかけることなくできあがり。もったいないので、箸で削り節をぎゅうっと押して吸い込まれた水分を戻しておく。
いつも一、二杯のみそ汁用よりも多めにまとめて準備しておく。一部は製氷皿に入れて冷凍庫へ。こうしておくと必要なときに必要な量だけがぱっと利用できる。ゆでた青菜(ほうれん草とか小松菜とか春菊とか菜の花とか)一把分を一口大に切って調味しただし汁とともにタッパー。数日は冷蔵庫でもつから、時間のあるときにまとめておひたしにしておくのだ。
今日の昼は、肉じゃがにもそのだしを使った。鍋に油をひき、一口大より少し小さめに切った鶏のもも肉をざっと炒める。ころころした新じゃがを皮付きのままくし形に切って投入。ひたひたになるくらいのだしを入れ、しばらくことこと。途中でにんじんを加える。味付けはシンプルに少しの砂糖と醤油とみりん。アルミホイルで落としぶた。一工夫、練りゴマを加えて仕上げの5分。最後に絹さやを入れてさっと火を通してできあがり。
木のお椀に盛りつけてみる。新じゃがの淡い茶色と人参の赤、絹さやの鮮やかな緑。ゴマの香りが柔らかく全体を包む。ねっとりしたジャガイモと、しゃくっと歯触りのよい絹さや。春にふさわしい味と色の取りあわせ。
果たせなかった桜への思いに対する、ある種のカタルシス。
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