89.4が消える朝

 土曜日の朝。いつものように目覚ましのためにα-STATIONをかけながらも、そう急いで起きる必要もないので夢のBGMとしてうつらうつらベッドの上で聞いていたら、曲の途中で突然に音が途切れ、ザーッというノイズに変わった。すわ、放送事故かと野次馬的に興味がわき目が覚めた。わずか数秒の中断だったが、曲が終わっても茂山千三郎はごく普通におしゃべりを続けている。どうも、不具合は受信しているこちら側だと分かる。
 と、思い出した。マンションにケーブルテレビが導入され、そのための工事がこの週末に行われる予定だったということを。
 FMラジオの電波をテレビのアンテナ端子からとっていたので、おそらく切り替えの際に一瞬断線したのだろう。
 ケーブルテレビ、である。普段、ほとんどテレビというものをつけない僕にとっては、チャンネルが増えるということについては興味がない。だが、インターネットの高速かつ常時接続は大いなる魅力である。
 思い返せばここに越してきた2年前。衛星放送やケーブルテレビあるいは有線放送などは、築20年を超えるこのマンションに望むべくもなかった(その分家賃が安くて広いから気に入っている)。阪神電鉄の今津駅でたまたま手に入れたケーブルテレビのパンフレットにあった連絡先に、ぜひうちにも引いてほしいので営業してほしい、と伝えた。ところがあっけなく玉砕。担当者からのメールでは「管理会社には、経費のかかることは一切しない、と断られてしまいました」と述べていた。
 それがつい数週間前に郵便受けに「ケーブルテレビの導入についてのアンケート」があり、もちろん賛成に丸をつけた。そしてしばらくすると「工事が行われます」というお知らせが来た。
 配線の工事に来た人に聞いてみると「最近はマンションの方から、ぜひ入れて欲しいと言ってくるんですよ」とのこと。時代はわずかの間に大きく変わっている。
 普段テレビをつけないくせに、「せっかくだから」という貧乏根性が働いて、しょうもないと分かっていてもザッピングしてしまう。チャンネルが多い分、いい時間をとられる。インターネットとセットで申し込むと初期加入料がいらないからという理由だけで申し込んだのだが、テレビは早めに解約することにしよう。
 そして、インターネットである。ベストエフォート1Mという売り。言うことなし。ソフトや動画のダウンロードは「え?、もしかしてエラーか」と思ってしまったほどに早い。
 最初にインターネットを始めたとき、モデムの通信速度は28.8Kbpsだった。ブラウザのオプションで「画像の表示」を切って使っていたこともある。iMacに変えたときに56Kbpsになり、大いに感動した。ISDNも当時興味はあったのだが、初期費用が高かったので躊躇していた。結果的によい選択であった。
 些細なことだけど、もう一つ変化があった。FMラジオもケーブルから取ることになったので、音質がよくなった。京都北山発の電波を西宮で受信していると、音量を上げたときにかすかなノイズが混じっていたのだが、それもなくなった。まるで四条河原町の地上に上がると耳に入ってきた電波のように力強い。しかしどういう仕組みかは知らないが、83.4MHzで受信するように指示された。
 いいことづくめのケーブルテレビ導入だが、「alpha station 89.4」なんてジングルを聴いていると、かすかに違和感が残る。世界と京都が近づいた代わりに、その差6MHzに過ぎないが、それは確実に身体の中心からぶれた存在に思えてならない。


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