farewells

 冬の金曜日、川村結花のコンサートへ行った。ライブツアーの名称が、アルバムにちなんだ「farewells」。彼女の歌の内容はラブソングが多く、どちらかと言うと後ろ向きな情景を歌ったものが多い気がする。たぶん、そういう所を僕は好きなのだ。
 自分が気に入った歌手が有名になるにつれ、コンサート会場の規模が広がっていくのが寂しくもありうれしくもあり、というのはよく聞く話しだ。僕について言えば、前者の事実はあるが、後者のような感情はさほどない。
 出会いはα-STATIONだった。河内弁を流麗に操るしゃべりのおもしろさから彼女がDJをつとめる「マジカルストリーム」という番組をよく聞いていた。この番組、今はSHUUBIや大木彩乃なんかが深夜に感性を発揮している。
 初めて生で見たのは学園祭にコンサートに来ていたとき。A号館前でのビラ配りを少々さぼって吉田グラウンドに行った。電波に乗ったしゃべりとは明らかに異なり、がちがちに緊張していてたのが見てとれた。あるいは、それは11月末の京都の寒さ故だったのかもしれないが。確かに寒い夜だった記憶が残っている。
 いわゆるライブに出かけたのは、梅田の堂山にあるバナナホールが最初。このときも無料で、葉書を出せば入場券がもらえた。このすぐ後に、僕は鑑真号に乗って上海へ発ち、ぐるっとバリ島まで旅をした。4年以上も前のことだ。その次は、梅田ヒートビート(雪印乳業の子会社だったが、閉鎖された)。昨年の夏の少し前には京橋のOBPにある、IMPホールだった。ステージまでの距離が少し遠くなった。
 札幌を皮切りにした今回のツアーの大阪会場はサンケイホール。入手した座席はZA列。後方ゆえの感想か、盛り上がりが今一つだった感は否めない。照明も、どうしてか彼女の歌ほどは品がないように思えた。
 コンサートで一番戸惑うのは、手拍子だ。気持ちよく手を打っていたはずが、必ずいつの間にか周囲とずれを起こす。その理由が全然分からない。僕には音感のみならずリズム感も備わっていないから。だから今回は盛り上がりに欠けるのをよいことに、手拍子はしなかった。というか、身体がそこまで揺さぶられはしなかった。
 だが、個々にはよい点があった。ゲストに迎えた小田和正と奏でた「夜空ノムコウ」は、その歌い出しの瞬間、月に海の水が引かれるように、ステージから発せられる二人の声に僕の眼球に涙が導かれた。
 小田和正の歌声は、僕にとっては「ラブ・ストーリーは突然に」であり、「Oh! Yeah!」であり、それらは中学時代のとある静かな部屋を思い出させる。そこでは一枚のシングルCDにおさめられたこの二曲がずっと繰り返されていた。巷間では「東京ラブストーリー」がはやっていたが、僕はそのオンエアは見たことがない。ずっと後になって原作の漫画を読んだが、どうにも面白味が感じられなかった。だから、小田和正の歌声は限定された二曲とそれにまつわる懐かしい感情に直接に通じている。
 幼いながら中学生の自分が抱えていた、そして今でも、願わくばこれからもずっと心にあり続けたい、静かに震えるような気持ちだ。


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