スーツケースでバンコクへ

 春うらら。関空発バンコク行きの深夜便。缶ビール一本でくたりと深い眠りへ。5時間もせず機内の照明が灯され、強制的に目覚めると決して軽くはない朝食。「うまい、うまい」とパンもデザートも残さず食べていたのは一昔前のこと。
 入国は、いつだって空いている「外交官用」のカウンターからスムーズに。他では試したことがないが、少なくともドンムアン空港では、区分があまり厳密ではないようだ。旅のちょっとしたコツ。
 タクシーに乗り込み、告げる先はサイアムスクエアすぐのホテル。早朝のチェックインのためには一泊分別途お支払い下さい、という事前のホテルとのメールでのやり取りにも諾。ポーターが部屋に荷物を運び入れ、チップを渡す。窓から見下ろすと、バンコクの中心部にありながら緑なす広い庭園。南国的な鳥の鳴き声も聞こえる。庭には、そこかしこで美しく羽を広げる孔雀に出会った。
 今回の主目的は、友人の披露宴出席。メールで案内があり、どうしようかと数日返信を保留していたら、直接に携帯電話に「参加の返事」の催促があった。喜んで、と返答。
 せっかくだから徹底的に観光しようと思い、ローズガーデンで象に乗り、カリプソでニューハーフショーを楽しみ、ワットポーで綿密にマッサージされ、アユタヤではなんならトゥクトゥクを半日雇ってみるか、という具合に目論む。
 いくつかの事情や時間的制約があり、象とオカマさんは次回以降の楽しみとして持ち越されたものの、全般的に楽しい旅行であった。タイスキもお腹いっぱい食べたし、ソンブーンというシーフードレストランでは好物の生牡蛎をつるりと胃に収め、パックブーン(=空芯菜・朝顔菜)炒めは思わずおかわりを頼んだ。ワットポーでは相変わらず「この時間は開いてないんだよ」という輩たちにも出会った。涼を求めて、スターバックスへも足を運んだ。
 披露宴会場はとあるホテルの37階。入り口には、正装した二人の写真が額に入れて飾られている。ケーキカットのときの二人の笑顔が特に印象的だった。おめでとうございます、お幸せに。そしてこれからもどうぞよろしく。
 新郎の友人として披露宴に出席していた中に、僕も何度かお会いしたことのある人たちもいた。当時バンコク駐在だったけど日本に戻った人も、まだまだこちらで働いている人も。「お久しぶりです」と挨拶し、近況を話す。
 大体、彼らの僕に対するイメージは「調子に乗って酒を飲み、最後はけろけろしてるヤツ」というところだろう。残念ながら事実であり、しかも一度きりのことではないので何とも言えない。これまでで一番ひどいときは、お店のゴミ箱に顔を突っ込んでいたそうだ。それから、早朝のドンムアン空港第二ターミナルで、ゴミ箱に吐瀉していたこともある。これは自分で覚えている。危うく飛行機に乗り遅れるところだった。
 「会場にもゴミ箱用意しとくから」と親切にも言われていたが、いくら学習能力のない僕でも、人様の結婚披露宴では幸いにして必要としなかった。
 ただ、一つだけ忘れていたことがあった。一年で一番暑く、雨も降らない4月のこの国の暑さ。ちょこちょことタイを訪れてはいるものの、最後にこの時期に来たのは3年前になる。今回持ってきたスーツは合い服だったし、短パンや薄手の綿パンではなく、普通のジーンズで歩き回っていたが、気候を見くびっていたことを思い知らされた。とめどない汗に「ああ、そうだここは熱帯なんだ」という実感を新たにした。失ったわけではないけれど、忘れかけていた種類の興奮と共に。


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