揺れる旅心

 旅に出ようと決めてから、帰国するまでの間、僕の心は常に歓喜にあふれ、未知なるものへの期待で胸を膨らませている、というわけでもない。
 そもそもはほんの些細なことから始まる。例えばどこかで出会った人がその土地を賞賛していたからであったり、あるいは何かその国特有の食べ物を味わってみたいだとか。今までの旅で最も大きな、かつそれらしい理由というのは「赤道をまたいでみたい」というくらいだろうか。
 「行ってみたいなあ」がいつの間にか「よし、行こう」という意志に成長すると、その後しばらく実際の準備に取りかかるまでは、どちらかと言うと積極的な思いを失ってしまう。「しんどそう……」「危ないんちゃうの?」という、誰もが抱きうるその国に対するマイナスの評価からである。
 準備に取りかかり、予定が現実味を得ると、あっと言う間に期待が膨らんでくる。航空券のリクエストに対する、ステータスOKの回答。ヴィザについて尋ねるために大使館にかける一本の電話。ぱらぱらとめくる「地球の歩き方」。
 バックパックを背負った、パスポートも航空券も持った。家を出て空港に着くまでの間、僕の心は最大の不安にかき乱される。
 「ガスの元栓を閉めただろうか」「水道の蛇口はきっちり閉まっているだろうか」「鍵はかけただろうか」
 バスや電車に乗っている間は「ひょっとしたら、帰国した時には火事で丸焼け(水浸し、泥棒に一切合切持って行かれている)ということになってしまっているかも」という危惧が、嵐のように心を駆けめぐる。
 それも空港に一歩踏み入れてしまえば雲散霧消。まったく過去のものとしてすっぱりと忘れてしまう。先ほどまであれほど僕の心を痛めつけていたはずなのに、調子のいいものである。
 実際に旅を行う。期間がせいぜい2ヶ月やそこらということもあって、ホームシックのような感情に捕らわれることはない。だが、ほとんど必ずと言ってよいほど、旅の間に一度は見る夢がある。何らかの用事で一度日本に帰国している自分がいて、なんとか早く旅に復帰しなくてはというもどかしい思いを抱いているのだ。ひょっとしたら何かの種類の欲求が不満しているのかもしれない。
 帰国の一週間ほど前になると、ふと望郷の念に駆られる。それは寂しさというのではなく、飽きという感情からだ。しかし例によって例の如く、ビールで紛らわせていると、途端に帰ることが惜しくなってくる。旅空の下で、あと何杯のビールを飲めるのだろうか、と。
 帰国便で傾ける酒杯は、旅を無事に終えた祝杯であると同時に、しばしの日常への復帰のための自身による幕引きでもある。


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