僕をとりまく彼女たち
この夏、青天の霹靂のごとく大きな変化が起きた。これまで想像だにしなかったことがにわかに現実になると、どう自分を対処させてよいかも分からないまま、虚しく否定的な時間が過ぎていく。
ごく端的に言って、よく蚊にかまれるようになった。これまではてっきり蚊に好かれない体質なのだろうと思っていた。インドだかネパールだかの宿屋で、隣のベッドに寝ている友人が朝になると全身を食われていても、僕はまったく何てことなかった。大学時代の大半を過ごしたアパートは山の中と言っても過言ではないような位置に建っていたが、困った記憶は皆無である。
一番鬱陶しいのは、朝一番に刺されてかゆくなる時だ。FMの音に目覚めてまずやることはメールのチェック。机についてパソコンに電源を入れ、立ち上がるのを待っている間にもう刺されてしまっている。まさに彼女らがねぐらとしているのが、どうにも机の裏側らしい。確かにその辺りにはパソコン関係のコードがごちゃごちゃとしていて住みやすいのかもしれない。
半ばぼんやりと眠ったままなのに、身体の一点だけが自己主張を始めると、おかしなことにそこを中心として強制的に目が覚めていくような気がする。それはあまり正しくない覚醒のトリガーだ。
逆に彼女たちにしてみれば、ごそごそと人間がやってくる気配で目が覚めると目の前にはにゅっと二本の足(美的だとは言い難いが)が伸びているのである。それっとばかりに朝食にとりかかるのだろうから、悪くない一日の始まりなのかもしれない。
しかしこれがまた悔しいことに、かゆみはずっと続くわけでもない。腹立たしくなる程度にかゆいけれど、そう言えばと思い出すころにはとっくに消え去っているのだ。その都度、ベープだか蚊取りマットだかを買おうと思うのだが、買い物に出ている時はもちろんなんともないから、まあいいだろうで流してしまう。
加えて、南の国と違ってマラリアやらデング熱やらの致命的な病気が媒介されるわけでもないので、逼迫感もからっきしない。
結局、姿を見つけたらぱちんと叩く。刺されたらしばらく「ああ、まったく」と思いながらも、いつの間にか腫れもかゆみもきれいさっぱり消えている。こんなことを繰り返している内に、ここ数日は全く刺されていないことにふと気付く。こうして、今年の夏が過ぎて行く。
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