青い山脈

 一時帰国のための航空券を探しに来たカオサンで、早々に用事が済んだので、ビールを求めた。手近なオープンエアの店に腰掛け、ピッチャーを。もちろん、一人で飲む量だ。腹も減っているので、ハンバーガーも頼んだ。店に入ると値段がかさむからと、コンビニでシンハを買って、道端に腰掛けて飲んでいたのがそう遠くない記憶として残っている。
 僕の原点とまで厳密にはいかないが、少なくとも原点を包含するある程度の空間に、このカオサンが存在することは間違いない。久々に戻ってきた。
 コンビニが増えている。よくTシャツを買っていた地下の店は、建物ごとずいぶんと小綺麗に変貌していた。なんだか日本料理屋の看板も出ている。でも、幸いに、僕が生まれて初めて泊まったゲストハウス、ボーニーゲストハウスは、通りの中頃の路地を入ったところで、同じように緑色の鉄扉が旅人を待っていた。「カンボジア、ヴェトナム、ラオス、ビザ手配」「世界各国格安航空券」「空港バス」なんて、旅行代理店に掲示された文字が、どうしたって旅情を誘う。
 いつからだろう、人を見て「若いな、こいつ」なんて認識するようになってしまったのは。
 道行く旅行者を風景として眺めながら、バックパックを背負って少し前屈み気味に歩く二十歳前後の彼らが「若い人」として目に映る。「ああ、今はどうあがいたって分からないけれど、あと少しで君も無条件に理解できる日が来るよ」なんて、後ろ姿に声をかけたくなる。もちろん、そのようなことはしない。何の意味もなければ、きりもないからだ。それ以前に、この僕に対して同じことを思う人が無数にいることを認識しているから。
 若いのは自分だった。世の中には、子どもと、僕を含めた大人と、それに老人とがいた。その頃、聞きかじりの概念と用語と思想と自分の経験とを、さも全て自分の物のように語っていた。概念も用語も思想も経験も、同じような意味合いとして理解していた。
 でも、今はそうじゃない。少なくとも、己を戒めることができる。自分が語ることができるのは、自分の経験だけである、ということを。
 一つ向こうのテーブルの男は、ベックスの小瓶を飲みながら、分厚い「指輪物語」のペーパーバックを読み始めた。背後に流れるFMの番組に混じって、ふいに近い所からハーモニカの音が耳に入る。通りを見やると、両足のない物乞いがスケボーに乗りながらハーモニカを吹いていた。僕はパラソルの影の下で、絵葉書を一枚取り出す。グラスの底の水滴の跡に触れないように、注意深く葉書を置く。
 「あの頃のひりひりするような思いは忘れたくないと思います」「でも、失いかけているからそのように思うんだろうな」
 失ったものを数え上げることは簡単だ。痛みをなぞればよい。得たもの、自分の周囲にあって今ではそれが当然だけれど、そうでない長い時期があったもの、それは何だろう。もはや、どれが昔馴染みでどれが新たな存在か、見分けることは容易ではない。今、ここにあるからだ。得た喜びよりも失った悲しみの方が感情の絶対値は大きいのかもしれない。
 暑いバンコクの午後。酔うほどの量でもないと思っていたが、意外にアルコールが体内をぐるぐると回ってきた。
 歳を重ねることが必然ならば、経験値の上昇とそれに基づいた成長も並行していなければ意味がない。


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