キッチンシック
先週金曜の日本居酒屋以来、どうも日本食への傾向が加速してしまっている。「1年くらい、バミーとぶっかげご飯で楽しく生きていける」と思っていたし、実際今でもそれらは美味しく食べているのだけれど、一度境界を超えて新しい領域を獲得してしまうと、なかなか簡単に逃れられない。この辺りは旅と生活の異なる点だと思う。
確かに、その気になれば大抵のものは手に入るバンコクというのは多分に便利な街である。日本人ビジネスマン御用達のタニヤ通りなぞはその最たるものの一つだと思う。学校からタクシーに乗って10分もしないという地理的な要因もありがたい。昼休みの1時間を使って、昨日は子象寿司で回転寿司の食べ放題、今日はタニヤの入り口近くにある洋食屋で豚の生姜焼き定食。
日が暮れた後のここへ自分のお金で来ようとは思わないが、昼食ならば100〜200バーツ程度。円換算してしまうと300円〜600円。この代金で、日本のお店で出される食事に近いものにありつくことができる。スーパーでシンハの缶ビールが6、7本買える値段ではあるが、たまにはよいだろうと自分で思う。
満足したとは決して言えないものの、まあ悪くはないよな、というのが率直な感想だった。ただ、午前の授業中に感じていた「どうしても日本食が食べたい」という欲求は、さほど変わらずぶすぶすとくすぶっている。
どうしてなのだろう。考えを巡らしてみると、僕が食べたかったのは、別に日本食に限ったことではなく、自分で作った料理なのではないかという点に至った。そう言えば、この3ヶ月近く、まったく包丁を握っていない。それどころか、我が家には果物ナイフが一本あるきりで、調理用の鍋は元より、コンロすらない。
結局、外食することに辟易していたのだ。味のキツさ、野菜類の乏しさ、油や脂の濃さ、そういった要素に少々飽きが来ている。18才で一人暮らしを初めて以来、大抵の食事は自分で作ってきた。どちらかと言うと、鰹だしをきかせた薄味の和食が多かったが、でも休日のブランチはだいたいパスタかサンドイッチを作っていたし、朝食はパンにしていたので、特段に日本食に渇望しているわけでもない。
コーヒーにしてもそうだ。スターバックスで飲むカフェラテも好きだけど、毎日飲むには自分の好きな豆から自分でいれた、味と香りがキリッとしたブラックコーヒーの方が断然いい。
幸い、ビールは日本でも自分でつくっていたわけではないので、さしたる不満はないが。
ホームシックはその内あるかもしれないな、と予想していたが、意外な方向から訪れた寂寞に少々自分でも戸惑っている。
神様が現れて「お前が欲しいのは、タイ語の能力か、それとも自由に使えるキッチンか」と問われたら、躊躇してしまう気がする。実際のところ、これはトレードオフすべき問題ではないので、ちょっと方策を考えてみなければ。まあ、慣れの問題であるとは思って楽観しているのだけれど。
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