偉い人渋滞

 バンコクの名物と言えば、何を差しおいても交通渋滞。日本で想像するのとは、スケールが違う。教室にやって来る先生も「昨日は家まで3時間かかりました」などと渋滞関係の話題を話しの枕にすることも多い。その原因はいくつかある。
 「雨が降ると渋滞する」というフレーズは授業でもしょっちゅう引き合いに出される。「奇妙だ」という単語を習ったときには、「雨が降ったのに渋滞しないのは変だ」という例文が出てくるほどに、それはもう当たり前に、とんでもなく、雨降りの時間は車が進まない。
 また、朝夕の時間帯は元より、金曜日や給料日などは路地の奥までみっちりと車がつながっている。
 しかし、混む時間じゃないし天気もよいのに唐突に車の流れが止まる場合がある。もちろん、事故というケースもあるけれど、僕はまだ事故渋滞には出くわしたことがない。それよりもよっぽど頻度高くやって来るのが「偉い人渋滞」。
 こちらに住んでいる方の口から聞いて、おもしろいなと思って記憶していた語である。一般的にそう言うのかどうかは定かではない。
 王族関係者などが街を行くとき、警察官がわらわらと出てきて一般車はぴたっと止められる。これはもう何度も出会った。この間の卒業式の時は王女が来校するというので、前日に「明日は早めに来た方がよいですよ」というアドヴァイスをもらったほどだ。
 そして、今朝もまただ。通学バスに乗ったら、すぐの交差点で止まった。通常じゃない長い時間を留まっているので、もしやと思って前方に目を凝らしたら、同じ形のベンツが何十台もするすると走っていた。映画のように非現実的な光景だった。最後には警備車両が数台。いずれもチュラ大に入っていった。やれやれ、である。
 毎朝それなりに余裕を持って出かけているが、今日はアウト。学内も交通規制。いつもバスが入るはずの門すら閉められている。運転手も誰に言うともなく、振り向いて「いやあ、どの門がいつ閉まるなんて知らないよ」というようなことをつぶやいていた。
 この先どう進めるか分からないから、途中で下りて歩いて教室へ。10分ほどの遅刻である。恒例の聞き取り問題の後半くらいだろうなと思いながら扉を開けると、そこには学生が二人だけ。
 追っつけ、他の生徒や先生がやって来た。みんな、偉い人渋滞に巻き込まれてしまったらしい。
 本日チュラにお越しの偉い人は、ブルネイの王様だった。


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