彼女が舞い、駝鳥が踊る

 うちからセーンセープ運河を挟んだ斜向かいにアジアホテルはある。ガイドブックによると、かつては高級ホテルだったとか。今でも、くすんだ外観ほど中身は悪くない。タイ航空の支店が入っているので、僕も実際に中に入ったことがある。BTSのラチャテウィー駅の目の前なので、足もよい。
 日曜の夜、バンコクへ遊びに来た友人と、そのホテルのバーで飲んでいた。彼が投宿していたのがそこだから、というのは直接の理由ではなく。地下にある「カリプソ」ショーの上演開始までの時間つぶし。
 どういう言葉を選んだところで、発するイメージはさほど変わらないので、至極簡単に説明すると、カリプソでは夜な夜なオカマショーが開催されている。
 猥雑ではあるが卑猥なものではなく、ツアーの旅行でもよく訪れる場所の一つだ。もしお手元にバンコクのガイドブックがあればエンターテインメントの項を開いていただきたい。必ず掲載されているはずだ。別に言い訳をしているわけではなく。
 その日の夜に食事をしていたレストランで、隣のテーブルに居合わせた日本人老夫婦に話しかけられ、その双方に「カリプソは面白い」と言われたので、まあどうせ暇だし行ってみようか、ということになったのである。
 意外や意外、時間が近づくにつれ入り口付近にはどこから出てきたんだというほどの人が集まってきた。老若男女、各国人。
 僕らはぎりぎりまで酒を飲む。友人がギムレットのグラスを掲げながら言う、「そういや、ショーが始まって15分したら、日本時間では27才じゃないですか。ちょっと早いけど、おめでとうございます」
 少しがっくりする。でも、考えてみれば昨年の彼の誕生日には、同じ顔合わせでロンドンのヴィクトリアコーチステーション近くのパブで飲んでいたのである。なんでこいつと2年続けて海外で、そしてお互いの誕生日を共にしているのだろう。
 お互い様ではあるけれど、でも、これから行く先がアイラ島ではなく、オカマショーだというあたり、僕の方がしんみりの度合いが高い。
 「レディースアンドジェントルマン。タイで最も美しいショーへようこそ!」と威勢良く始まる。スモークが焚かれ、ミラーボールが回る。日曜の夜だというのに客席は8割方埋まっている。観客は軽く100人を超えている。中には熱心にビデオカメラを回している人すらいる。
 内容について細かく描写するのは差し控えるが、期待していたよりよっぽどおもしろかった。フラダンスにアリラン、古代遺跡での伝統舞踊。古今東西のあらゆるショーが、拍手をする暇もないくらいに機銃掃射のごとく展開される。マドンナやマイケルジャクソンなんかは3人ずつ出てくるし、スパイスガールズもいた。「川の流れのように」すら流れてきた。
 僕の人生の節目の頃合いには、舞台で駝鳥が乱舞していた。僕は手を叩いて笑っていた。

参考:Calypso CABARET


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