この国の12月5日

 バンコクの街には黄昏時が似合う。
 日中は、その南国の太陽がビル群を中心とした風景の何もかもをくっきりと強烈に照らし出してしまう。街の明かりの密度が小さいため、夜の帳を凌駕するほどの景色も望めない。美しい夜景と言うのは、例えば函館や神戸のように、それほどは広くない地域にぎっしりと光が詰まっていることが必要なのだ。それに、バンコクを見下ろしたときに派手な照明で目を引く建物は、実はソープランドだったりする。
 穏やかな光と忍び寄る闇、それに空気とが調和を果たすわずかの時間、この街は特別な色を放つことができる。
 12月5日の午後5時くらいから、僕は王宮広場の周辺をぶらぶらとしていた。ある程度の緯度に下らないと決して見ることのできない青みをたたえた夕方の空に、ライトアップされた王宮が浮かび上がっている。
 本来ならば王宮広場まで達するバスも、交通規制のためルートを変えた上、終点に着くことなく乗客は降ろされた。道路には屋台が並び、多くの人がそぞろ歩いている。あちらこちらに警官が立ち、交通を誘導している。
 黄色いろうそくが配られている。僕も二本受け取った。「私たちは王を敬愛しています」とタイ語でプリントされたTシャツを着ている人たちもいた。国旗売りは「5バーツだよ」と声をかけてくる。
 プーミポン・アドゥンヤデート国王の75歳の誕生日。この国ではもちろん祝日である。2週間ほど前から、街のあちらこちらに肖像画が掲げられ、「王の繁栄を」と記されている。
 明け方の4時まで飲んでいたので、体調的にはようやく復活傾向にある時間だったが、氷で冷やされたペプシを一缶飲み、少しだけ暑さの和らいだ湿っぽい空気の中を歩くことで、徐々に正常に戻ってきた。
 通りに面して柵が設置された所で、空いた場所を見つけて最前列に陣取る。警官の誘導は続くものの、車はまだ普通に動いている。待つことには慣れている。目の前をバスやトゥクトゥクが通り、露骨に排気ガスに巻き込まれるときには息を止めながら、ひたすら待つ。いつの間にか夜が来る。
 1時間半、あるいは2時間くらいが経って、ふいに警官の間に緊張が走った。道に残る車が追い出される。目立つ所に停めてあった交通警官の白バイをどけるように、誰かが怒気を含んだ声で指示をして、慌てて一人が歩道に寄せる。
 歩道の人群には、ろうそくの明かりがいくつも灯る。目の前にいた警官が、僕が手にしたろうそくを見て「それにも火をつけて」というようなことを言った。「それがマッチも何も持ってなくて」と返事すると「そっちの人のから火をもらったらいい」と。それもそうだ。
 僕の立つ点にも、柔らかく小さな炎が灯った。チャオプラヤ川を渡って来たのかもしれない風は、ちょうどろうそくの火を消してしまうくらいにそっと吹いていた。一方の手のひらで火を覆いながら、何事かを待つ。
 静かに歌声が起こった。警官隊が整列して敬礼をした。何台かの車に先導されて、国王の乗る車がラチャダムヌン・ナイ通りを左から右に走り抜けた。群衆から声が挙がる。手を合わせる人たちもいる。あっと言う間のことだった。
 その後にも、何十台もの車が、どうしたわけか後になるほど異常なまでのスピードで連なって走っていった。
 僕にとってのイベントは、生で国王を見るということだったので、目的は達成された。たぶん、後部座席でこちら側に座っていた人なのだろう。事実はそうでなかったとしても、まあ良しとする。
 間近で上がる花火が震わす空気を身体に浴びながら、王宮広場の中の人混みに紛れて歩く。いくつもの舞台があって、舞踊やらムエタイやらあるいは何かのコンサートが行われていた。
 ラチャダムヌン・クラン通りまで出てタクシーを拾うつもりが、どうにもならない。人が溢れている上に、たまに通るタクシーにも空車はない。民主記念塔に至るまでの間は、黄色く輝くイルミネーションと、王の様々なシーンの写真が飾られている。
 しょうがない、落ち着くまでの間、カオサンでビールを飲むことにする。ここにも「王の繁栄を」という垂れ幕がいくつも懸かっていた。


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