バンコク三大噺

 年末に来た友人(女性)が、「三大オカマショーめぐり」をしてきたと言う。すなわち、「カリプソ」「マンボ」「ラチャダー」の各店を余すことなく。後日、輝くような瞳でその魅力を語ってくれた。しまいには「粟津さん、女よりオカマの方がいいですよ!」とまで。
 「パッポン」「ナナプラザ」「ソイカウボーイ」という「三大聖地めぐり」を一夜にして行った旅友達もいた。いずれも飲み屋が集まる場所である。記憶をたどると、僕も一緒にいたような気もするが。
 また、三大観光スポットを考えるなら「王宮・エメラルド寺院」「ワット・ポー」「ワット・アルン(暁の寺)」であろう。こちらに来てくれた友達の案内をして、僕も何度か行っている。
 今回来た相手とは、ゴージャスな三つ。「ヴェルティーゴ」「ザ・バンブー・バー」「ザ・バー」の三つのバーでひとときを過ごしたのだ。順に、バンヤンツリーホテルのオープンエアになった屋上バー(60数階の高さからバンコクの夜景を見下ろすことができる。アジア太平洋地域で最高だそうだ)、オリエンタルホテル(言うまでもなく、世界最高のホテルとの誉れ高い)、そして定冠詞が冠された最後の一つはペニンシュラホテルにある。
 こういう場所で頼むのは、氷入りシンハビールではない。
 ヴェルティーゴはシャンペンバーと謳うので、シャンペンのハーフボトルをあけた。実は両親来訪の際にも一度連れて来た。息を飲むような夜景というほどでもないのだが、夜風に吹かれながらの酒というのはまた気持ちのよいものである。
 バンブーバーは、オリエンタルホテルその物と同じようなコンセプトで、こぢんまりとした中で古き良き雰囲気をきっちりと整えている。ここはお酒はもとより、つまみがよかった。一口サイズのフランスパンをカリカリにトーストしたものに、ツナのディップをのせる。見た目は普通のツナサンドウィッチなのだが、香辛料の刺激はは上品なタイ料理のそれだった。ただ、店内の椅子のカバーが豹柄というのが、個人的には少ししんどい。
 「オリエンタルは、タイ人を除いてアジア人を軽視する傾向がある」というのは、日本人からもタイ人からも聞いたことのある話しだが、直接に何かを感じるということは今回はなかった。
 僕が一番好きになったのは、ペニンシュラの「ザ・バー」。さほど広くない。夜景やチャオプラヤ川を楽しめる作りでもない。だけど、「楽しく飲める」ということでは最高である。空気の作られ方が完璧。肩肘張るのではない、もちろん馬鹿騒ぎをするのでもない。ゆっくりと心と身体の力がほどけていくのだ。
 ミントジュレップは少々酸味が強かったけれど、シャンペンにコニャックを合わせた「プリンス・オブ・ウェールズ」というのが美味かった。
 ひょんなことからピアノ弾きのおじさんが僕らの席にやって来て、しばらく会話をした。タイ語で話しを始めたけれど「フィリピン人なんだ。日本にも4年ほどいたよ。バンコクは12年になるかな」ということで、英語に切り替わる。
 とても親しみやすく、ユーモアにあふれ、客をもてなすと同時に、何より自分も楽しくってしょうがないのだということが伝わってくる人だった。彼のピアノは音が軽快で、雲の上を跳ね回るような心地よさがあった。
 たまにはこういう贅沢の仕方というのもよいものである。10%のサービス料と7%の消費税がかかっても、カクテル類の価格は日本の街のバーと同じ程度である。正直なところ、僕が勘定をもったのは、バンブーバーだけなのだけれど。


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