どうしたものか

 気付いたらひな祭りではないか。かの国はもはや春である。
 こちらのデパートのポスターには、既に「サマー」なんて書かれている。年末年始前後の比較的涼しい時期(それこそ日本の春のようだった)が過ぎ去り、日に日に温度と湿度を増す空気に、少し街を歩いただけでもシャツは身体に貼り付き、ジーンズは足に重たくまとわりついている。
 季節の変化の振幅が日本ほど大きくはないのでなんとなく見過ごしていたのだが、現在履修しているコースも残り4ヶ月である。来タイ時には、「年が明けたら」と決めていたのだが、ずるずるした性格とあまり根拠のない楽観からここまで来てしまった。いい加減そろそろ、その後の身の振り方を考えなければいけない。
 そもそもこちらでタイ語を身につけようと思ったのも、何かその後の仕事を睨んでというわけではなく、ただ単純に「タイ語を身につけたい」という欲求に他ならなかった。もしかしたら仕事で使うことになるかもしれないが、それは結果に過ぎない。だから、日本に戻ろうがバンコクにいようが、もしくは全く関係のない土地に暮らすことになろうが、今のところいずれも等しい可能性として存在する。
 とりあえず、本当にとりあえず、新聞の求人欄を眺めてみた。ポストトゥデーはタイ語の新聞であるが、英字紙のバンコクポストと同系列の会社なので、英語の求人情報が共有されている。「欄」と言いながらも、別冊付録のように独立して綴じられている。他にも「不動産」「車」「レストラン・エンターテインメント」「旅行」などの広告がずらっと並んでいる。
 中で一番興味をそそったのは、タイ国際航空の客室乗務員の募集だった。だけれどもいきなり「タイ国籍を有する男性、兵役免除者」とある。どうしようもない。
 ページをめくっていると、国連のマークが目に入る。そう言えば中学生の一時期、国際公務員に憧れたことがあった。これも詳細を読むことにする。
 しかし、UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)が求めているのは、バンコクで働く保安警備要員であった。しかも「国連の定める水準に達したセミオートマティック火器の訓練経験」が必要条件の一つ。ちょっと方向性が違いすぎる。
 「ネイティヴもしくはそれに準ずる英語の能力」「マイクロソフトオフィスが使用できること」くらいならよいのだが、それぞれの地位が必要とする条件には、「国際人事部門での7年以上の実務経験」「自動車工場でのマネジメント能力」だとか「ネットワークの専門家」などが挙げられている。
 辛うじて僕が履歴書に書けるのは、「日本語能力」「英語能力」それに「学士」くらいのものである。しかも同じ学士であっても、会計学やマーケティングなどの方面、あるいは電気やコンピュータや化学などのいわゆる技術者としてのそれは特定化して求められているけれど、僕が唯一持っている「農学士」というのは、あまり必要とされないようだ。
 まいった、まいったと思いながらページを進んでいるといつの間にかコーナーが変わっている。「おお、このアイリッシュパブは今度行ってみよう」とか「南米を旅行中の友達がアルゼンチンを薦めるメールを送ってきたけど、どれどれ南米まではいくらくらいだ」と、結局金を稼ぐどころかどうしても使う方に目が行ってしまう。


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