タイ文化に触れる

 女の子の体ってなんてやわらかくて温かいんだろうと僕は思った。 ……村上春樹「ノルウェイの森」

 この週末、日本から来た友達をあちこち案内していた。王宮に次いで定番のワットポー。王宮の入場料は200バーツなので、友達が来る度に中まで着いて行くのはしんどいが、こちらは20バーツなので、僕も一緒に入る。何度も来ているけれど、やっぱり巨大黄金寝仏像には感嘆する他ない。
 ワットポーと言えば、タイ伝統マッサージの総本山である。境内にも施設はあるが、5分ほど歩いた所にあるマッサージ学校の方でもサービスを受けられる。こちらはエアコンが効いている。そこで友達が惚けた顔でフットマッサージを受けている間、僕は入学申し込みをする。大学のコースの合間のこの1週間で、マッサージ師となるのだ。
 料金は30時間で7000バーツ。タイ語の案内には、実は4000バーツと書いてある。無理は承知で「私はチュラロンコーン大学の学生なのですが」と、学生証を出してタイ人値段を求めてみるが、あっさり「タイ国民証の提示が必要です」
 大学の都合もあって、学習スケジュールは僕の場合は月曜から金曜までを毎日6時間ずつ。
 教室には簡単なベッドがいくつか並んでいて、一つのベッドを二人一組の生徒が使用する。先生は何組かをまとめて見ている。思ったよりタイ人の割合が高い。過半数がそうではないだろうか。ほとんどが外国人だと思っていたので、意外だった。テキストはタイ語、日本語、英語、中国語の併記なのだが、どうしたわけか英語による記述が一番詳細だ。人によって違うのかもしれないが、僕についてくれる先生の英語は「ワン・ツー・スリー」くらいだ。だからと言って、タイ語の説明を聞いていても、漠然と意味はつかめても、なかなか細かいニュアンスまでは理解できない。しょうがない、実践あるのみ。
 先生が図解を示し、横になった生徒1の身体を実際に用いながらマッサージを施す。生徒2はメモをとりながら、それを覚える。そして実際に生徒1にマッサージを施す。この繰り返し。ただし、自分が実行する際には、先ほどのプリントは「見てはいけません」と指示される。個々のプロセスはさほど複雑ではないものの、一時に覚える量が結構あるので、順番が錯綜したりステップを飛ばしてしまったりする。が、まあ基本的には先生が指摘してくれる。生徒2が「ちがう、こうだよ」とこっそり自分のプリントを見せてくれたりもする。
 かなり真剣で、かつ必死な時間が過ぎていく。一日めをなんとか終えて、僕と組んだもう一人の生徒に「復習に付き合ってくれる友達を探さなきゃね」「ああ、でも僕の場合は犠牲者になってもらうって感じだな」と言ったら、やけに受けた。彼女は何度かその語を繰り返していた。「うん、犠牲者か。なるほどね。それもそうかも」、そんな感じで。
 僕と組んだその人は、24歳のタイ人女性。名門の国立タマサート大学を卒業したばかり。来月からはノルウェーに行くのだそうだ。顔立ちのきりりとした美しい人だ。そんな彼女と半日ずっとマッサージの学習をしていたのだ。ああ、女性の身体ってなんて柔らかくて温かいんだろう。
 タイ文化に触れるつもりが、これじゃあタイ人女性に触れて喜んでいるだけじゃないか。

参考:watpho or Watphrachetuphon


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