沢木と春樹と近藤紘一

 近藤紘一を知ってから一週間で4冊を読んだ。順に「戦火と混迷の日々」「バンコクの妻と娘」「パリへ行った妻と娘」「サイゴンのいちばん長い日」、そして「目撃者」。3冊はクラスメートが貸してくれたもの、1冊はそのクラスメートが「あそこの古本屋に並んでたよ」と教えてくれて自分で買ったもの。
 スクンウィット通りからソイ24をほとんどラーマ4世通りまで出た所にあるスターバックスの二階の窓際で、エスプレッソを3ショット入れたグランデのカフェラテを飲みながら(普段はこんなに飲まない、今朝から風邪気味なのだ)、今日借りたばかりの「目撃者」を読んだ。
 僕は言霊の存在というものを信じている。僕にとって、言霊の宿った文章というのは、とりもなおさず物理的に背筋が震える文章のことである。
 多分、高校生くらいからだと思うが、そういう文章に出会ったページの端を三角に折る癖がある。後々にその文章だけを読み返したくなることが往々にしてあるのだが、そんなときに役に立つばかりか、その当時の自身を取り巻いていたことまでも、わずか一文から思い返すこともできる。繰り返し読む本に至っては、自分がどこに感動するかという変遷、とりもなおさず自分の心の有り様の時間経過による変遷を、ある意味客観的に見ることもできる。
 「目撃者」に収録された「『南方』という意識」という一遍にこんなことが書いてあった。「私は言霊の魔力といったようなものを軽視しない。」 嬉しかった。
 窓際の席に座る僕は、他人から見ればおかしな日本人だったかもしれない。「ミミの死」というエッセイの最後の一文を読んだ瞬間、背筋が大きく震えた。その衝撃に、親指を挟んだまま本をテーブルの上に置き、うつむくようにして静かに激しく何度か息を吸った。こぼれ落ちる臨界点ぎりぎりまで涙が瞳にたまった。全身に伝播した震えは、その後数秒はおさまることはなかった。
 これだけの体験は久しぶりのことだ。2年や3年の単位の話しではない。
 最後のわずかの一文で、僕の頭の中に閃光が煌めき、遠く離れていたはずの二つの世界を、一本の水路が鮮烈に結んだ。それぞれの独立した世界のように見えるそれまでの文章と最後の一文が、完璧に連関している。そして、そこには近藤がいる。
 震えが落ち着き、それを刻みつけるようにページの端を折ってから気付いた、借り物の本だったのだ。
 僕の人生の方向性に大きな影響力を与えているのは、沢木耕太郎と村上春樹である。リストが一人分増えた。今回、沢木と近藤が大宅壮一ノンフィクション賞を同時に受賞していたことを知った。「目撃者」の編者は沢木である。僕にとっての何かしらのつながりを感じずにはいられない。
 言霊の他にもう一つ、彼が辛辣な体験を経ながら大きな意味を持たせて捉え、かつ万難を排してそれに徹しようとしている信条があるように思う。そしてそれはまた、僕の生き方、あるいは目指そうとしている方向とも重なる部分が大きい。
 僕はその内にそういう文章を書いてみたい、書くような状況を手に入れたいと思っている。大きな違いだ。


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