あちら側

 最も利用回数の多い空港は、数えるまでもなく圧倒的にドンムアン空港である。国内線は伊丹、国際線は関空といった類の区別もなく、バンコクで飛行機と言えばドンムアンだから、というのが理由の一つ。もう一つは、第三国への乗り継ぎとしての利用頻度が高いから。
 ドンムアン空港にまつわる特殊な思い出がいくつかある。例えば、飛行機の24時間の遅延のせいで床に寝たこととか、深夜に泥酔しながら知り合いの車で空港まで送ってもらい、早朝の出発を待ってロビーにいたときに、ゴミ箱に顔を突っ込んで吐いてしまったことなど。
 だが、今夜はそれを上回る出来事があった。出国手続きを経ることなく、いや、それ以前に出国の意図すらないのに、免税店の立ち並ぶイミグレーションの向こう側にいたのだ。
 話しは2時間ほど前のチェンマイに遡る。大学の後輩が遊びに来ていて、付き合ってチェンマイに行ったその帰路。彼女はバンコクで乗り継いでそのまま東京へ戻る。僕はバンコクで見送って、もちろん帰宅の予定。
 チェンマイは国際空港だから、本来ならそこで彼女の出国手続きをとっておくべきであった。ところが、思い至らず、国内線のチェックインだけしてバンコクへ。
 国内線と国際線のターミナル間は、シャトルバスが運行している。だが、ゲートを出る前に、国際線乗り継ぎ乗客用のバスの案内が出ていた。これなら楽だと思って、あまり何も考えずそれに乗り込む。
 国際線ターミナルに到着。だがそこは、既に搭乗手続きを終え、空港使用料も支払い済みで、パスポートにはタイ出国のスタンプを押された人たちのための場所だった。つまり、僕らは出国手続きを経ることなく、出国者と同じ場所に立ってしまっていた。あり得ない、あってはいけないことが起きてしまった。
 僕一人の問題ではないので、さすがに少々焦る。足早に歩き、乗り継ぎのカウンターへ。事情を説明すると、出発時刻も迫っていることもあり、彼女は係官に連れられて行った。こちらに遊びに来た友達を見送ったことは何度もあるが、イミグレーションの向こう側で見送ったのは初めてのことだった。
 さてしかし、自分の身の処理である。切羽詰まっているわけでもないが、決して気持ちがよい状況でもない。とりあえず「入国」のカウンターに行ったところ、タイ航空のオフィスに連れて行かれた。そこで待つこと少々、迎えの車に乗り、再度国内線ターミナルへ戻される。国内線は既に終わっている時間なので、僕以外は清掃員や警備員ばかりであった。
 元を正せば横着をしようとした僕のミスではあるのだが、不必要に疲れてしまった。別れるときに、不安げに「私、帰れますよね?」と質問させてしまった後輩にも申し訳がない。無事に機上にいるとよいのだが。
 ところで、香港やソウルに引き続き、2005年の9月にはバンコクにもスワンナプーム新空港が開港予定。その地名、そもそもは「コブラヶ原」であったのを、「黄金ヶ原」という意味を持つスワンナプームに改名したのだそうだ。
 新しい空港を使うのも楽しみだ。できることならば、トラブルは避けたいところだが。


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