夏の入り口の週末

 ちょうど関東地方の梅雨が明けた日の夕暮れ時から夜にかけて、江戸川縁にて花火。これまで、花火大会そのものに行った経験が片手でお釣りがくるほどの回数しかないが、今回はその中でも最至近距離で鑑賞。夜空に大輪が咲くのと同時に爆音が身体を奮わせる。
 球形ばかりでなく、リボンのように真ん中がくびれていたり、土星のように輪が一本ぐるっと取り巻いていたり、様々な形状や色彩が涼しい夜風の吹く空に次から次へと放たれた。迫力のある連発には、誰からともなく感嘆の声と拍手とが起こる。僕も思わず「おおーっ」と嘆息し、手を叩いている。
 混雑を避けるため、華麗なフィナーレは駅へ戻る道すがら振り返りながら目に収める。場所を移し、日本の生ビールで乾杯。宴が終了をみたのは朝の7時。とは言え、僕には記憶の多くが欠落している。友人の言によると、僕は「突然、意識が切れたように倒れて」眠ってしまったそうだ。
 午前1時過ぎに押し掛けた友人の家で、昼過ぎに起こされる。しばらくは何がどういうことなのか認識できなかった。冷蔵庫で冷えたお茶を胃に流し込み、数分後には便器を抱えてそのまま逆流するということを何度か繰り返す。2時に待ち合わせがあったのだが、電話をかけて1時間遅らせてもらう。シャワーを浴びて着替える気力すらない。自販機で買ったアクエリアスをちびちび飲みながら、ぐらぐらする頭を抱えてタクシーで新宿西口へ。
 ほとんど言葉を交わすことなく、初対面の相手の方と用事をなんとかこなし(さぞかし愛想の悪いヤツだと思われたに違いない)、買い物をいくつか。だけど、どこにどういう店があるかよく分からないので、しばらく無駄に新宿の雑踏をうろうろする。うろうろしている内に目的の品を売る店に出くわすあたり、大都会である。
 一段落して、ようやく今日の集まりへ。日曜の午後2時からスタートと、僕が決めていたにも関わらず、言い出しっぺが合流したのは既に4時。
 さすがに翌日はみんな仕事があるし、僕も朝が早いのでさほど遅くならない内に散会。
 3時間ばかり眠ると目覚ましが鳴った。家主とその彼氏とに見送られ、空の白み始めたばかりの西武新宿線。新宿で山手線、品川で京急へと乗り継いで6時過ぎに羽田空港。
 ANA973便、午前6時45分発関空行き。清涼な空気の中に駐機された青と白の機体。太陽の光を受けた翼は、文字通り銀色に光る。離陸し、青い海を見下ろしていると、眩い雲の層を一つ抜ける。朝の光に満たされた空を行くフライトには、ちょっとした特別の趣がある。
 間もなく眼下に富士の山頂が現れる。ジェット機のスピードをもってしても、ずいぶんと長い間視界に留まるほどの巨大さ。上空でコンソメスープを飲む、機内誌「翼の王国」を読む、そして機内放送の落語に笑う。
 関空に着陸後、ターミナルの4階に上がり今度はSQ973便、バンコク行きの搭乗手続き。午後1時半(日本時間、午後3時半)のドンムアン空港到着。エアポートバスで都心へ。途中、高速道路上でスコールが降る。
 ひょんなことで、バンコク・関空のチケットが一往復手許に残っていたのだ。関空→バンコクの期限がぎりぎりに迫っており、捨ててしまうのももったいないので、花火と飲み会のために少々足を伸ばして東京まで行って来た。3000マイル近くの距離を挟んで慌ただしいことこの上ないが、友人と大いに飲み大いにしゃべったことは元より、夜空の花火と早朝の空気に「日本の夏ってよいな」と久しぶりに感じ入った。この1年はずっと夏みたいな気候で暮らしているけれど、それでもやはり。


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