私は亀になりたい
初めてバリ島を訪れたのは6年前。上海からスタートした旅の最終目標地として。二度めは十日ほど前。海でも行こうかという話しがあって、プーケットやクラビなどの国内も検討したけれど、意外にもバリが安かったので、金土日で行ってきた。そして、あまりにも安いからと、またその次の週の金曜日の同じ便で再び。今度は5日間。何せバンコクからデンパサールへの直行便往復の価格が、東京・大阪を割引価格で飛んでビジネスホテルに一泊した程度のものなのだ。
クアラルンプールから、マレー半島をぐるりと周り、その後インドネシアを旅していた友人がちょうどバリにいるので、空港で待ち合わせ。この彼とは6年前にウブッで出会い、何とはなしに親交が続いている友人である。旅の途上で出会って、その後も関係が続いているのは、僕にとっては実に彼一人である。
しっとりとした霧雨に肌寒さを感じるほどの懐かしのウブッに一泊した後、今回目指すのはギリ・メノ島。バリ島の東隣のロンボク島。さらにその北側に浮かぶギリ三島の内、最も小さい島だ。買い求めた絵葉書にはこうある。「ちっぽけだけど、理想の島」
これまで僕は、絵葉書のように美しい海をずっと求めていたけれど、風景はいつも絵葉書にかなわなかった。しばらくすると、現実とはそのようなものなのだろうと思うようになっていた。絵葉書は絵葉書であり、目で見ることのできる実際とは違うのだ、と。
だけど、ここの海を形容するならば、絵葉書よりも美しい。
珊瑚の欠片の散る真っ白な砂浜は、惜しみなく降り注ぐ赤道直下の太陽の光を、知らん顔をしながらこれでもかと辺りに跳ね返している。サングラスをかけていないと思わず目を細めてしまうが、それによって目の前の空と海と島だけからなる光景が狭められてしまうのが悔しい。南洋特有の柔らかな青と緑の、それでいてよく磨かれたガラスのように透明な波打ち際に身を委ねると、わずか一掻きか二掻きほどで、珊瑚礁とそこに暮らす魚たちの世界に至る。
これまでの生涯で見た中で最も美しい海だ。
砂浜でのシュノーケリングに飽きたらず、滞在中の一日はタンクを背負ってダイビング。一度、大きな亀に出会った。浦島太郎と乙姫様の二人が十分その背に乗れるほどに大きい。そいつの真横2、3メートルの距離まで静かに近寄ってみたが、丸々とした甲羅から存分に四肢と首とを伸ばし、結構せわしなく海藻を食んでいた。よく見てみると、意地悪な小心者のような目つきをしていたけれど。
この理想の島で海を漂い、砂浜で甲羅干しをして、そして満月の夜には涙するような、僕はそんな亀になりたい。
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