大人になれば
大人になんてなりたくないと未だに思うこともあれど、大人でないと味わえない楽しみというのもまたこの世には数多くある。典型的な例が、ビールの苦みかもしれない。あるいはユーミンが歌うように、サンタクロースの存在とか。それは子どもには「絵本だけのお話し」としてしか捉えられないけれど、「大人になればあなたも分かるその内に」なのである。
学生時代の後半、つまり20代の前半からタイに足繁く通うようになって、滞在中に一度はタイ式マッサージに通っていた。何せエアコンのある宿などには泊まれなかったので、日中の暑い時間に涼しい部屋でごろりと横になれるというのがよかった。身体を揉まれて気持ちよくなくはないけれど、言われるように「とろけるような」とか「ふわふわ」という感覚はほぼ皆無だった。
あれからまだ10年も経っていないけれど、タイに暮らす現在、結構足繁くマッサージ屋に通っている。目的は、肉体的疲労の回復そのものである。変われば変わるものだと、自分でも思う。
バンコクの中心部で暮らしていると、そこかしこで看板が目に入る。日本語を掲げている店も少なくない。基本的な2時間の全身フルコースで、3、400バーツ(800〜1000円)といったところなのだが、最近気に入っているのが、足マッサージ。これは大抵1時間で、250〜350バーツ(700〜1000円)ほど。
少し古めな飛行機の、ビジネスクラスの座席のような椅子に深々と腰掛け、フットレストに足を投げ出し、ぐぐっとリクライニング。目を閉じうたた寝に入る。
全身マッサージの場合はベッドに横になることはなるのだが、2時間の間に何度か体位の移動が入るので、どうしても眠りが中断してしまう。ところが足マッサージだと、最後の方まで同じ恰好のままなので、心地よい睡眠を続けられる。それに足だけでなく、仕上げには肩や腕なども揉んでもらえるので、お得感もある。
タイマッサージは日本式のそれとは違い、筋肉をこりこりほぐすものではない。主眼は血液やリンパの循環をよくすることに置かれている。揉むと言うより、むしろさするという感じである。だから痛みというものはほとんどない。これでホンマに効くんかいな、と思うほどである。だけどちゃんと効く。終わった直後には、軽やかな自分の身体に気付く。それに下半身が芯からほんわかと温かい。
疲労とかストレスなどというのは、じわりじわりと忍び足でやって来て、少しずつ少しずつ身体や精神を侵していくので、なかなかその否定的な存在をはっきりと知覚しえないものである。なんとなくしんどいなぁと思っていても、それなりに共存できてしまう。それが取り除かれたときに初めて「ああ、そう言えば」と認知できるものだ。
最近は、少しでも「あれ、疲れてるのかな」と疑問がわいたら、とりあえずマッサージ。昨夜は買い物に出たついでに足を揉まれてきた。日本のスーパーの片隅にたこ焼き屋台が出ているように、トップス・マーケットプレイスのスクンビット店には、入り口すぐにマッサージ屋があるのである。熱々のたこ焼きを頬張るのと同じような、ささやかな幸せ。
ところが、同世代の友人の内には「マッサージの何がよいのかさっぱり分からないし、興味すらない」と言うのもいる。「ふふん、子どもには分かるまいて」と、斜に構えて自分を無理矢理納得させる反面、正直羨ましい。
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