今年の目標

 「通勤はバイクで」と聞いて浮かぶイメージには、自動的にプラスの意味づけがなされるように感じる。満員の電車を尻目に、颯爽と街を走り抜ける。後部座席にくくりつけられたアタッシェケースが朝の光をきらりと跳ね返す。駐車場の片隅に滑り込み、ヘルメットを脱ぐ。ロッカールームで、ワイルドな革ジャンからぴしっとしたスーツに着替え、オフィスへのエレベーターに乗り込む。出来過ぎたテレビコマーシャルみたいだが。
 僕も週に何度かは、朝の出かけにバイクにまたがっている。しかも、あるいはしかし、運転手つきなので後部座席に。
 最寄りのBTSの駅までは徒歩15分。十分に現実的な距離だ。特にこの頃は寒季なので、出勤用の恰好で歩いてもかすかに背中が汗ばむくらいですむ。ただ、家を出るタイミングによっては、少し急ぐ必要が起きる。そういうときに、バイクのタクシーに乗る。
 この乗り物を表現するタイ語は「もーとぅぁーさい」というような発音になるが、語源は英語の「モーター・サイクル」。運転手はオレンジや青などの、目立つ色のベストを羽織っている(これを所場代として売りさばくヤクザというのも存在している)。辻の決まった場所に集団で客待ちをしている。
 徒歩15分ほどのその距離を乗って10バーツ(約30円)。ヘルメットもかぶらないから、危ないと言えば危ないけれど、吹き抜ける風が気持ちよい。細かな埃が目に入るのを防ぐために、目を細めるかサングラスをかける。そんな自分の顔が、運転者のヘルメットの後頭部に反射して映っている。
 タイの交通手段の中では、トゥクトゥクというのが有名だ。日本のオート三輪に源を発する、青や緑に塗られた小さな車は、見かけの可愛らしさからしてすごくタイっぽくて、僕も大好きだ。ただ、未だにこの料金設定に馴染めない。
 王宮周辺にたむろして、観光客に近づいては「王宮は、あるいはワットポーは、休みなんだ。代わりに知り合いの宝石屋へ案内しよう」とやっている典型的な詐欺連中はともかくとして、絶対多数は日常の足として用いられている。買い出し帰りの屋台の人が、その日に使う食材を山と積んでいたり、放課後の生徒が校門に待ちかまえているトゥクトゥクに鈴生りになって乗り込んだりしている(角を曲がる時に、一人二人落っこちているかもしれない)。
 そもそもあれは、一人向けの乗り物ではないのだろうか。あるいは大きな荷物の運搬のためにあるのかもしれない。一人での移動には割高である。そしてそれに見合うメリットも見出せない。バイクほどの小回りも利かないから渋滞に巻き込まれる。路上で排ガスも直接浴びる。雨が降ったら少し濡れることも覚悟しなければいけない。
 だから、歩くにはちょっとという距離は専らバイクだし、バイクで行くにはちょっとという距離なら、タクシーを止める。初乗りが35バーツ(約100円)だし、大抵において移動する範囲は50バーツ前後ですむ。
 朝のドタバタは極力避けたい物事の一つで、必ずコーヒー一杯の余裕は保った上で動きたいと常々思っているのだが、なかなかそうもいかないときがある。だから駅までバイクを拾ってしまうことになる。
 新年を期に少々反省。そもそもは、余裕を持って家を出るために設定した目覚ましの時刻にちゃんと起床すればよいのだ。小学生の夏休みのようだけど、仏暦2547年の年初に掲げる目標は、早寝早起きに決めた。そうやって、せめて駅までの道のりは自分の足で歩くようにする。そうでもしないことには、寒季に入ってプールから足が遠のいてしまっているので、ほとんど身体を動かすことがないからだ。
 ただし、2月になって暑季に入ったらこの限りではない。  


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