豚を喰い、象を呑む

 焼き肉を食べに行こうという段になると、三つの選択肢の前で立ち止まることになる。まずいわゆる「日本式」がある。そして肉とは別に何種類ものおかずが小皿に盛られて登場し、網の上の大きな肉をハサミでちょきちょきと店員が切ってくれる「韓国式」。三つ目には、直訳すると「鉄鍋の豚」となる「タイ式」。
 先週、友人に連れられて行った、スクンビット通りソイ22の奥にあるタイ式焼き肉の店が大変に美味しかったので、またほとんど同じ顔ぶれで行ってきた。
 店はオープンエアで、食べ放題の方式。値段設定は一人68バーツ(約190円)。最終的な支払い価格は、ビールの量如何によって決定されるが、300バーツの予算もあれば、十分に満足できる。
 ぽこっとした半球状の鍋のてっぺんに脂身が乗せられている。ぱっと見は北海道のジンギスカン鍋のようなのだが、外周ぐるりにスープが入れられるようになっている。肉を焼きながら、同時に野菜やタイ風ラーメン(バミー)をぐつぐつ煮込むのである。燃料は炭火である。
 席についてまずこの鍋だけが店員によって運ばれてくると、後は各自の自由行動。好きなものを好きなだけ取ってくる。タレに漬けられた豚の肉と内臓の他に、ベーコンやソーセージ、鶏肉に白身の魚なども並んでいる。空芯菜や青梗菜、キャベツ、ネギなどの各種の青菜に春雨などなど。「焼く」「煮る」、それぞれのための充実した材料。副菜には、焼き飯(カーオパッ)、青いパパイヤのサラダ(ソムタム)、ワンタンの揚げ物。デザートに果物までと、実にあれこれ。
 チャーン(象)ビールの生が、一年ぶりに販売再開とのことなのだが、これがめっぽうに美味い。シンハよりもずっと美味い。屋外だから気温は高いけれど、ビールには氷を入れるのでちゃんと冷たい。
 友人の彼氏のタイ人が、「豚肉とビールは健康にいいんだ」と陽気に冗談を飛ばす。実際彼はあまり野菜に箸を伸ばしていないように見える。僕はだしを吸ったちゅるちゅるした春雨が好きだ。
 ビール会社から派遣された販売員の女性が、ユニフォームを着てテーブルの間を行き交っている。シンハは、テニスウェアかあるいは一昔前のSFドラマのヒロインのような、ぴったりしたミニの黄色いワンピース。チャーンは、すっきりと細身の黒いパンツに白のポロシャツ。
 ちょっと言葉を交わしたチャーンビールの彼女によると、「瓶一本につき2バーツのコミッションが入る。でも、生だともらえないの」
 でも、生の方が美味いからやっぱりそちらを頼んでしまう。ゴメンナサイ。
 店の片隅に小さな舞台があって、たまにそこでバンドが演奏している。プロなのか飛び入りのアマチュアなのか知らないが、僕が聞いても分かるほどに下手くそだ。それがまたよい。タイの演歌を聞き、夜風と肉を焼く煙とに吹かれ、大いに喋りながら肉をつつく。ピッチャーが空になる。
 じっと見られていたんじゃないかというような絶妙のタイミングで、先ほどのポロシャツの女性が席にやって来る。「ビールのお代わりはいかがですか?」
 満場一致で動議採択。


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