天の雨、地下の虫
水は、高きから低きに。
だが、空の高みから間断なく供給される雨の量が、人の営為する下界での処理量を超えた場合どうなるか。答えは一つ。ただ溢れるのみ。
朝、カーテンを開けるとずいぶんな曇天だった。ただ、そこは太陽に近い熱帯の国である。いくら雲の層が分厚かろうが、そこを透過してなおかつ地上に届く光線は、日本よりもはるかに強烈だ。どんよりとしてはいるけれど、なにがしかを予感させる。憂鬱な不安ではなく、胸の高鳴る期待である。
それは、僕が個人的に大雨が好きだという性向を有しているからかもしれない。空を見上げて、今日は早い内に来るな、と胸が躍った。
言わんかな、コーヒーを飲みながらいつもより早く家を出ようかと思っている内に、暴風雨襲来。
デジタルのようである。0の次は1。中間というものがない。降り始めたと思った瞬間には、もう立派な嵐になっている。5秒おきに雷が鳴り、間をおかず巨大な雷鳴が轟く。木や草は、地面に固定された一点だけを固守しながら、それ以外は脆くも暴風に翻弄される。高密度の雨滴が、激しい音を伴って地上を撃ち続ける。
地球が身震いしているかのようなこの光景を、ガラス窓のこちら側からしばし見下ろす。分かってはいても、あまりに雷鳴の響きが大きくて、その度に心臓がぎゅっと縮み上がる。昨夜はエアコンをかけていないと、横になっているだけで全身から汗が噴き出していたが、今朝はこの雨のおかげでむしろ肌寒い。
待ち望んでいた雨季の到来である。できれば、コーヒーのお代わりでも淹れて、ゆっくりと過ごしたい。
だけど、家を出なければいけない。この状況なら、小康状態まで待つことも必要で、結果として遅刻もやむを得ないことだとも思ったが、何より、大雨の中に入り込んでみたい、そしてまた、この街の風景を見物してみたいという気持ちが勝った。
一番長い間履いている革靴と、もうすぐクリーニングに出すつもりをしていたズボンを履く。替えの靴下を一足とビニール袋をカバンに入れる。唯一持っている雨具は、ユニクロの折り畳み傘。
アパートの門を出た小路は既に冠水していた。そこを行く人は、靴を片手に裸足で道路を歩いている。しばし躊躇する。が、結局同じ行動をとる。庇の下で靴を脱ぐ。靴下を脱いでカバンにしまう。ズボンの裾を膝までまくる。そろりと水の中に足を漬ける。水深は足首の上の辺りまで。濁った水の下に何が落ちているのか分からないから、そろりそろりとへっぴり腰で足を交互に進める。
随分と時間をかけて、60メートルほどを歩き、大通りへ。歩道に上がって、ようやく洪水から免れる。濡れたままの素足を靴に突っ込み、すぐ近くのバス停の屋根の下へ。ここにも、そしてすぐ後ろのビルの入り口付近にも、大勢の人が雨を避けながらバスを待っている。
ところが目の前の車列は遅々として進まない。そして道路はまるで川のようになみなみと水を湛えている。
湿った足と、まくり上げていたけれど結局水浸しになったズボンの裾の気持ち悪さに辟易しながら、それでもこの状況は、僕にとっては心躍るものだった。よくもここまで、と見とれるばかりだった。
後ろに立っていた学生から、「あの……」と、声をかけられてふいに我に返る。彼女が指さす僕の右脚の中程に、体躯のよいゴキブリが歩いていた。慌てて振り払う。だけど、一匹だけではなかった。
ちょうど足許に直径4センチほどの排水のための丸い穴がいくつか開けられていた。地下を流れる下水の水面が上昇し、生活空間を圧迫されたゴキブリたちが、ぞろぞろとその穴から這い上がっているところだった。
雨の勢いは少し弱まってきた。だけど、水が流れ去るまでには、もうしばらくの時間が必要だ。虫は上がってくる。バスはまだ来ない。
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