ことことキッチン

 親譲りの気の長さのおかげか、昔から手間暇かけた料理は嫌いじゃない。正確には、手間の方はともかく、暇だけは売るほどあるので、技術ではなく時間がより必要とされる料理のことである。
 これに関して、父親の学生時代についての述懐の一つに、極めて恐ろしいものがある。
 「下宿を出るときに、シチューをとろ火にかけておくだろう。学校が終わって戻ってくると、ちょうど食べ頃に煮込まれているんだ」
 火の用心とかそういう以前に、そもそも人としてどうかと思われる行動である。
 2週間ばかり前に、三晩ほどかけて牛テールのスープストックをつくった。ただし、学生時代の父親よりは分別があるので、不在時はコンロから下ろしておいた。
 できあがったそれは、そのままスープとして飲んだり、根菜の煮物のだしにしたり、あるいは、解凍したご飯を入れてさっと温め、卵を溶いてネギを散らせば、おじやとして手軽な朝食ともなった。毎食同じ味を食べることもないので、ジップロックに小分けして冷凍庫に保存。
 今夜、その最後の分を用いて作ったのが、パエリア。実のところ、何が正統なそれかよく知らない。バルセロナで食べたイカスミのパエリアと、バンコクのスペイン料理屋で食べたシーフードパエリアくらいしか実体験の記憶もない。なので、僕が作ったそれには「らしき」と付けるべきだろう。
 スーパーで目について適当に買ってきた具は次の通り。よく名前を見ていないのだが、エビ(海の物、髭がすごく長い)、二枚貝(蛤っぽい)、イカ(体調15センチばかり)、白身魚の切り身(銀色をしている、鰹の一種かとも)。
 貝の砂抜きをしておく。エビもイカも丸ごと塩水でゆすぎ洗いし水を切る。それから米を研いでざるに上げておく。
 まず、ニンニクと鷹の爪をオリーブオイルでじっくりと火を通す。火を強めたフライパンに、適当に魚介類を入れ、ひっくり返しながら表面に火を通す。軽く塩を振って、本来なら白ワインだろうが、冷蔵庫には日本酒しかないので、気にせずどぼどぼっと。じゅわっと音を立てて湯気が上る。アルコールが飛んだあたりで、別の皿にあげておく。
 改めて、ニンニクとタマネギのみじん切りをオリーブオイルで炒める。タマネギが半透明になった頃合いで米を加え、また炒める。しばらくすると米粒の周囲が透き通ってくるので、解凍しておいたスープストックを流し込む。先ほどの魚介類を、エビの赤とかイカの白とか、ある程度は見栄えも考えつつその上に配置。間に、石突きを切り落とした茸(しめじのような)を置き、塩をぱらり。サフランをまんべんなく振りかける。蓋がないので、アルミホイルで代用。あとは湯気の出具合を見ながら、火加減を調整しつつ、しばし炊き込む。
 合間に、付け合わせを簡単に作っておく。ブロッコリーのスプラウトを塩水で洗い、一口の長さに切って、ぴっちりラップした鉢に入れ、電子レンジでさっと加熱。甘味のある肉厚の黄色いパプリカを細く切り、荒熱をとったそれに加える。エキストラバージンのオリーブオイル、塩、胡椒、そしてレモンであえる。単純にして明快。それでいてしゃっきりと美味なサラダのできあがり。
 フライパンからの湯気の量が減ってきたので、米への火の通り具合を味見して確認。オッケー。皿にとり、レモンを躊躇なくたっぷりと絞る。
 海の香りが凝縮した黄色く色づいた米を頬張る。殻からほじった貝をつまみ、両手でエビを解体して味噌をちゅうちゅうすすり、口に残るイカの中骨を脇によけ、魚の身をまた米と一緒に口に放り込む。何が美味いって、おこげの部分が香ばしく最高。合間にサラダで口をすっきりさせ、休息に、レモンを搾った水を飲む(禁酒中のため)。
 見聞した適当な記憶を元に作ったにも関わらず、満足する夕食だった。
 いや、実は、満足のレベルを少々通り越した。スープストックさえあれば手軽なもんだ。次は、鶏をベースでやってみようと、食休みを取るのももどかしく、骨付きの鶏のもも肉をまた、家にあった野菜やネギやニンニクと共に煮込み始めたのだ。アクや油を取り除き、蒸発分の水を加えつつ、しばらく今夜はこれからコトコト。
 明日も一日火にかけておくことにする。幸いにも、外出の予定は、ない。

補足:「サフラン」だけど、たまたま先日友人がくれたものを使った。お互いサフランだと認識していたのだが、パッケージのタイ語を調べてみると「ベニバナ」だった。黄色く染まったから、もちろんそれはそれで良しとする。ちなみにサフランは、あらかじめ少量の熱湯に浸しておくようだ。檀一雄の「檀流クッキング」にあった。


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