母なる水、家の父

 スマトラ沖大地震以来、「ナムチャイ」という言葉をしばしば見かける。思いやり、共感、同情といった意味があり、「(ボランティア、助け合い、寄付等で)タイ人のナムチャイを発揮しよう(あるいは「された」)」という文脈が多い。
 元々の語をばらしてみると、水(ナム)+心(チャイ)である。柔軟にその形を変え、相手の意に添うような心の働き、との意味だと僕は理解していた。
 一方、タイ語の専門家でもある日本人の友人の一人は、「水は上から下に流れるから、『情け』のことやと思ってた」と言っていた。
 おそらく、母語として話す人々にとっては、そんなことは意識に上ることはなく、ナムチャイはナムチャイの一語として頭の中に自然に存在していると思われる。それは、日本語を母語にする僕が「水を表す三つの点と、壺を表す象形文字の『さかとり』で……」なんてちらりと思い浮かべることもなく、酒を飲んで酔っぱらうことができるようなものではないかと想像する。
 タイ語は複合的に語が形成される。配列的には、主に後置修飾の形をとる。この二点から、分解的に単語を眺めると、タイ語を外国語として捉える人間にとっては、記憶の助けにもなるし、何よりもその探索の途は興味深い。

 水(ナム)に関連して、いくつか例示してみよう。

水 +  →  ナンプラー
鉱物 →  ミネラルウォーター
果物等の名称 →  ○○ジュース
 →  蜂蜜
椰子 →  砂糖(椰子の花から砂糖が採れる)調整調整調整
 →  涙。まさしく「泪」

 動詞と組合わさると、

水 + 溢れる →  洪水
入れる、浸す →  タレ
落ちる →  滝。スープに血を溶いた麺。肉と香草の和え物。

 形容詞では、

水 + 甘い →  ソフトドリンク調整調整調整調整調整調整調整調
良い(香が) →  香水
硬い、強い → 

 いずれも想像に難くない。最後の物に関して、ある屋台のメニューに英語も併記されており、それを見た日本からの友人が「このStrong Waterってのはなんだ?」と問うたことがある。明らかに、要素的な語を英語に直訳したことでの間違いである。
 逆に、水が後ろに来る、つまり前にある語を修飾する位置にある語だと、「部屋+水→トイレ」や、「母+水→河川」などがある。
 基礎的な語であるほど、そこからの派生も多い。ここに挙げた「母」の語もまた、いくつもの語の語幹をなす。先ほどよりは、少々頭をひねる必要がある。生物的な「母」に加え、何事かの「元」という意味合いも持っているからだ。

母 +   章だから →  (文章の)見出し調整調整調整調整調整調整調整
  型 →  鋳型
  色 →  三原色
  鉄 →  磁石

 最後に、「母+家」は主婦のこと。僕はよく「ぜひ、『父+家』になりたいのだ」と言う。タイ語ではまだ市民権を得ていないが、語の連想から、だいたい誰もが即座に理解してくれる。日本語に直せば、主夫である。


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