想象の彼方に

 タイにおいて、象という動物はちょっと特別な位置を占めている。
 仏教では、ブッダが生まれる前夜、その母親の胎内に白象が宿ったと伝えられる。
 また、インドラ神が乗るのは三つ頭の巨象(エーラーワン)だし、ガネーシャは象の頭を持つ。身分制を認めるヒンドゥー教から転じて、象の存在はまた王制の護持にも転用されてきた。さらに、古くから戦闘や労役に用いられてきた歴史的、社会的背景も含まれる。
 言葉の観点からも独特だ。通常、人も動物も「チャムーク」という語で呼ぶ「鼻」は、象に限っては「ングアン」だし、「キアオ」と呼ぶ「牙」は「ンガー」である。
 このことを念頭に置いていただいた上で、以下の童謡を紹介したい。曲名は、そのままずばり「象さん」

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 象さん 象さん 象さん 象さん 象さん
 君は象を見たことある?
 とっても大きな体で、体重も軽くないぞ
 長い長いお鼻のことは「ングアン」
 ングアンの下から伸びる牙のことは「ンガー」って呼ぶ
 耳があって目があって、尻尾は長いんだ
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 ずいぶんと長い前振りになった。
 先日、アユタヤのプラシーサンペット寺の境内で、アユタヤ時代後期と見られる一対の象牙が発掘された。30センチほどの長さで、一本の牙に二つずつの青銅の輪が嵌められている。
 その新聞記事には「おそらくは王家の白象であり、装身具をまとい、外国人をその背に乗せていたのだろう」という考古学者の見解も述べられていた。
 プラシーサンペット寺は1491年の建立で、王宮の南側に位置し、王室の守護寺院であった。三基のチェディに三人の王の遺骨が納められている。
 35代、417年にわたったアユタヤの王朝は、一時はインドシナ最大の交易都市であった。日本や琉球との交流も多岐に渡る。一説によると、泡盛のルーツもここにあるという(サンスクリット語で酒のことを「アワムリ」と言う説すらある)。だが、ビルマ軍による14ヶ月の包囲の後、1767年4月7日の総攻撃で徹底的に壊滅。
 今では王宮跡もほとんど原っぱのようで、プラシーサンペット寺に建造された、高さ16メートルもの黄金の仏像の跡形もない。
 ただし、象は健在だ。着飾った象が、各国からの観光客を乗せて通りを歩いている。
 意外に、当時もあんな感じだったのかもしれないな、とも思う。はるばる海を渡り、チャオプラヤ川を北上し、アユタヤの都に至る。そこでは、象に揺られ、王に謁見し、泡盛の歓待を受ける。
 遺跡には二種類の風景がある。眼前の朽ちた姿には、過ぎ去った時の流れを見る。その向こう側には、往事の光景が浮かぶ。地中に眠っていた一対の象牙に、想像は膨らむ。


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