開業
タイでは、いつでもどこでも誰かが何かを食べているように思える。
鶏なのか卵なのかは分からないが、屋台を含めた飲食店の密度は相当なものだ。一説によると、タイ人には組織に属することを嫌い、個人の主体性を嗜好するという特質があり、結果、タクシーの運転手や屋台の料理屋を職業として選択する人が多いのだとか。
そのことの是非を論じるほど、僕はこの国に通じていないし(それどころか、日本人の特質について述べよと言われたところで、口をつぐむよりない)、就業形態の統計などを参照したわけでもないので、その点に関しては放擲しておく。
ただし、間接的な結果論として、なるほど確かに自分で屋台や食堂を開いてみようと思う人が、少なからずいるのだろうことを推察させる機会があった。
タイ料理の本を資料として購入しようと、書棚をずらっと眺め、何冊かを手にして比較検討しているときに気付いたのだが、「職業として」と冠された解説書が少なくない。
さらに先日「30バーツの一冊で一つの職業/最高のレシピ『豚足ご飯』/様々な豚足メニュー、簡単で高収入」という本を見つけ、即購入。これが、本屋の専門的なコーナーではなく、セブンイレブンの棚に並んでいたという事実が、まずおもしろい。
素材の選び方、調理方法のみならず、商売として成立させるための解説も並んでいる。
「堂々とした店構えにしましょう。店内には、明るく清潔に見える薄い色を用いましょう。椅子やテーブルは窮屈でないように配置しましょう。
食器類はガラスあるいは陶製の物を使うようにしましょう。プラスティックやメラニンよりも見栄えがよいです。
きちっとした身だしなみを心がけましょう。髪を結わえたり、前掛けをしたり、清潔であることが大切です。店内は常に衛生に保ちましょう」
いいや、ちょっと待て。これくらいなら、文化祭の模擬店を企画する中学生だって思い至るところではないのか。プロとしてこれくらいのことでいいのだろうか。
また、何より肝腎の、コストや売り上げについてのシミュレーションも示されている。
「豚足は1kgでおよそ40バーツ。仮に一日10本の豚足を売るとすると、20kg、すなわち豚足のコストは800バーツ。唐辛子、ニンニク、漬け物などその他の材料費が200バーツ。さらにガス代、従業員給料、あなたの儲けなどで、およそ400バーツ。しめて費用は1,400バーツです。
一方、10本の豚足から100〜120皿分取れるので、一皿を25〜30バーツで設定すると、一日2,500〜3,000バーツ、あるいはそれ以上の売り上げが期待できるでしょう」
ここから先は、本には書かれていないので、上記を踏まえた推察になるわけだが、一日当たり、3,000−1,400=1,600バーツが手許に残る計算だ。仮に一ヶ月に20日開店したら、32,000バーツ。
そもそも、開業者の手取りはコストとして織り込み済み。なので、まったくの余剰分として3万バーツを超える現金が手許に残ることになる。
ほんまかいな。
何より、「豚足ご飯」と謳いながら、米代がまったく考慮されていない。あるいは、場所代についての記述も見当たらない。さらに食器や鍋釜などの初期費用はどうなのだ。そもそも、本当に一日100皿も売れるのか。
詳しい料理法を知るという意味において、豚足屋台を開業する気概があるわけではない人間にとって突っ込みどころ満載の読み物として、30バーツのこの本は、なかなかおもしろかった。
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