グリーン・ゲイブルズの思い出

 いずれまとめてしっかりと読みたいなと思いながらも、頭の中のぼんやりしたリストにしまいっぱなし、という本がいくつかある。
 内の一つだった「赤毛のアン」。新訳の完訳が文庫で出ているというアマゾンの広告を見かけたからという、他愛もないことをきっかけにして、実際に手にとって読み始めた。
 原題は「Anne of Green Gables」。プリンス・エドワード島のグリーン・ゲイブルズに暮らすマリラとマシューの兄妹の家に、手違いで引き取られた孤児のアンの物語である。邦題は、日本語訳を初めて手がけた村岡花子による。
 今、二巻目の半ばだが、素直におもしろい話だと思うし、読み進めることを楽しんでいる。
 だが個人的に、グリーン・ゲイブルズと聞くと、何よりもまず、一軒の美味しいパン屋さんが思い出される。
 1回生の秋から、5回生の夏までのほぼ4年間を、北白川の一角に下宿していた。2階建て6室という典型的な学生アパートの103号室、つまり1階の一番奥の部屋に暮らしていた。
 扉を出て、102と101の前の廊下を通って表へ。右に曲がって、細い川に架かった橋を渡って、坂道に出て10秒ほど上がったところにそのお店はあった。全部で1分くらいの距離だったと思う。
 白い壁に緑の屋根のこぢんまりした構え。その名も、「グリーン・ゲイブルズ・ドリーム」
 レジの奥に調理場があって、滑らかな白い生地のかたまりや、オーブンから取り出された大きな鉄板が垣間見えるような、小さなお店だった。
 パン屋さんの菓子パンや総菜パンが結構好きなので、よく朝ご飯にしていた。
 パイ生地系のものが特に美味しくて、シロップ漬の果物や、ツナマヨネーズなんかが入ったものを主に買っていた。ホイップクリームとあんこがくるまれたドーナツも記憶に残っている。季節ごとに新作が登場するのも、飽きさせられることがなかった。
 焼きたての香りに満ちた店内で、トレーとトングを持ってどれにしようか迷う。おかず系のものと、甘いパンとをどう組み合わせるかも、いつものことながら悩んだものだ。
 朝の光の中、サイフォンでいれたコーヒーを飲みながら、買ってきたばかりのパンを食べる情景は、学生時代の思い出の中でも、特にぬくもりを持っている。

<注釈>
下宿というと、「住み込み」というイメージを持つ人もあるが、僕らにとっては、親元を離れた上で、寮以外で(基本的には)一人暮らしをすること全般を意味した。だから、自宅生・寮生・下宿生というカテゴライズが一般的だった。
 


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