七輪

 サームヤーン市場横の金物屋で、七輪を買った。いっしょに、網と木炭を二袋。しめて、190バーツ(約570円)。
 プールサイドに持ち出し、新聞を丸めて炭に着火。と書くと、いとも簡単に見えるが、アウトドアの経験も、ボーイスカウト的世界観も持ち合わせがないので、しばらく煙と熱と苦闘することになった。
 網に乗せるのは、秋刀魚。バンコクのスーパーでも、新鮮なものが売られている。
 これまでは半分に切ってフライパンでソテーにしたり、煮付けにしたりと、ごまかしながら食卓に乗せてきた。
 けれども、殿様じゃなくったって、秋刀魚は炭で焼くに限るのである。
 じゅうじゅうとよい音を立て、脂が赤熱した炭に滴って弾け、炎があがる。あっという間に焼き上がり。
 マナオを搾り、醤油をたらし、いただきますも言わずにかぶりつく。脂の甘さと香りに悶絶。苦味と旨味の内臓に舌がとろける。丼に用意した大根おろしをかっこむ。
 これを数度繰り返すと、皿に残るのは尻尾と頭と骨だけ。しまった、もう一匹買ってくるべきであった。
 さて、この翌週。今度は、牛肉を調達してきた。新書より二まわりほど大きいサイズのサーロイン。サイアム・パラゴン内のスーパーマーケットで、キロ当たり630バーツ(約1,900円)。グラムではなく、キロ当たりでこの値段。
 「ついでに脂身もちょうだい」ともらってきたそれを網に塗り、さっと塩コショウした肉の塊を乗せる。表面が固まったらすぐにひっくり返す。網目の跡に、食欲がそそられずにいられない。
 場所によって火の強弱があるので、うまい具合に網を動かして、ミディアムレアに仕立てる。
 皿に乗せ、急いでエアコンの効いた部屋に持ち帰る。友達がオーストラリアみやげにくれた赤ワインは、事前に栓を抜いてテーブルに置いてある。
 ナイフとフォークを構えてとっかかる。肉をかみ締め、ワインで喉を洗う、この上ない美味。
 外で料理をする一番の利点は、煙を気にしなくていいことだ。好き勝手に空に飛んでいってくれる。
 ただし、煙に誘われるふいの来客がある。猫の家族が寄って来て、七輪からほどほどの距離を取って、座り込む。
 秋刀魚の頭と骨はぽいっと与えられたけど、ステーキはやるところがない。
 ぺろぺろ足をなめたりしながら、大人しくしてはいるのだけど、物欲しげな感じがなんとなく伝わってくる。
 わかった、わかった、次はまた秋刀魚を焼くから。でも、せめて、大根おろしを手伝ってくれない?


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