100本め

 指の先にまで、しびれるようなくすぐったいような興奮の感覚が満ちたまま残っている。歩いていながらも、体は重力から逃れ、中層に浮いているような気がする。目を閉じた向こうには、青い海中の情景。
 おかしなもので、1年間ずっと潜らなくても、別にどうということもない。それが、一度出かけてしまうと、その後しばらくは熱に浮かされたように欲求がわいてきて止まらない。ダイビングには、変わったタイプの中毒性があるのかもしれない。
 4月のヴェトナム・ニャチャンと、5月のシミラン諸島。
 やはり勢いはとどまらず、6月には、タイ国王即位60周年記念でふってわいたような祝日を利用し、タオ島まで。
 タオ島には、はっきり言って何があるわけではない。星のつくようなホテルなんて、期待してもしょうがない。ビーチにはバナナボートもない。暑熱を避けようと思っても、港付近の飲食店にはエアコンもなく、涼を求めるにはセブン・イレブンに駆け込むくらいしかない。
 だが、ダイバーにとっては、夢のような場所である。魚の数や種類が豊富な上、時期によってはジンベイザメさえも出現する。砂地、岩、珊瑚礁と、地形的にも非常に豊かな環境にある。
 さらに各ポイントは島に近く、遠くても船で小一時間。だから、ナイトダイブもこなせば、一日で5本も潜ることができる。
 僕自身も、食事をする間も惜しいほどに、朝から晩まで海に出て、3泊4日で、合計11本。(スクーバダイビングでは、一回のダイビングで一本の空気タンクを使用することから、潜った回数の単位に「本」を用いる。)
 2006年6月12日午前の一本目。島の南西、サウスウェスト・ピナクルと呼ばれるポイント。
 エントリーしてすぐに、シェブロン・バラクーダが群れていた。
 さらに潜行を続けると、25メートルほどの海底付近に、ホソヒラアジが「アジ玉」と呼ばれる状態に密集して何千匹。同じ場所には、背筋の黄色いキンセンフエダイが、これまた数千。
 さらに、イエロー・テール・バラクーダの幼魚の群れも入り乱れ、上下左右どこを向いても、手を伸ばせば届く距離を魚に囲まれる。
 「うわぁ」と思わず漏れる感嘆のため息は、レギュレーターから泡となって水面へキラキラのぼっていく。
 後半、ゆっくり浮上すると、「ピナクル」の頂上部には、水の流れに揺らぐイソギンチャクがどこまでも広がる。まるで草原のようだ。その触手の中を出たり入ったりするのは、無数のハナビラクマノミ。
 そんな夢のような場所で、インストラクターが「100本おめでとう!!」と書いて(そういう道具がある)祝ってくれた。
 99の次、101の前。単なる連続性の中の一つだけど、100という区切りには、個人的にちょっとした感慨がある。
 一向に治まる気配のない中毒症。次は、8月のサムイ島・タオ島クルーズへ。


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