下を向いて歩こう

 雨降りに出歩いていると、前屈みになっている自分に気付く。
 考えてみると、背中を丸めたところで、雨滴から逃れられるわけでもない。足下をよく見ると、水たまりには気をつけられるが、雨季のバンコクなんて、全体が水たまりみたいなものだ。
 なんとなく気分なんだろうと思う。雨粒を避けたいという意識が、合理性を持たないまま首をすくめさせる。
 だけど、そうすることで、ちょうど頭上に垂れ込める空のように、気持ちまでが暗くなりかねない。おかしな悪循環。だから、気が付くたびに、背筋を伸ばすようにしている。
 雨の日にこそ、しゃきっと歩きたい。
 今暮らしているアパートには、門から入って庭の一角を横切り、建物に着くまでの間、敷石が敷かれている。
 それぞれの間隔も一定していないし、しっかり固定されているものもあれば、不安定なものもあって、高さもばらばら。まっすぐではなく、微妙に左右にぶれながら並んでいる。未だにその10数メートルの距離の歩行に慣れない。
 以前、日本から来た友達といい気分でビールを飲んで帰宅したとき、その友達が少しふらつく足で、愉快げに言った。
 「酔っぱらいが試されてるみたい」
 雨が降ると、もう少し大変なことになる。土と敷石との隙間に水が入り込んでたまっている。一気に体重をかけてしまうと、泥水が跳ね上がる。
 目の前を跳ねて横切る蛙にドキッとさせられることも多い。ただ、いくらなんでも人の足の裏を待っているほどのんびりはしていない。向こうでこちらをよけてくれる。
 だけど、カタツムリだ。日本でよく見かけるのとは、貝の巻き方がちょっと違う。少し大きめで、円錐の形。やはりその歩みは遅い。
 一度だけ気付かずに踏み潰してしまったことがある。靴底を通して、貝殻が崩れる感覚に引き続いて……。雨が上がった後に目にした無残な姿には心が痛んだ。
 とめどなく降る雨。一刻も早く家にたどり着きたい。だが、ここは慎重に、やっぱり下を向いて歩こう。


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