ロシアより愛をこめて

 思い出したようにごくたまに、とろとろになるまで冷えたジンを飲みたくなることがある。今も、冷凍室にビーフィーターが一本転がっている。
 常備しているわけではないが、一度買ってしまうと、身近にある手軽さゆえに消費のペースは結構早い。
 飲み方は、いたってざっくばらん。トニックウォーターやジンジャーエールと混ぜるか、ライムを搾るかという程度。
 ウィスキーやビールならいざ知らず、並べて飲み比べたこともないので、正直言ってどんな銘柄でもいいといってしまって構わない。限られたブランド名とボトルの形状がセットで頭に入っているけれど、味の記憶との結びつきは弱い。
 学生時代中期。連夜の飲み会も、もっとも勢いに乗っていた頃。サークルの一つ上の先輩のマンションでの焼肉大会。
 僕の家から向かう途上に肉屋があったので、よく肉の調達係を買って出た。「腹を減らした大学生が○人くらい集まるので、適当なだけあれこれちょうだい」というなんとも牧歌的な注文をして、自転車の前かごにずっしり肉を積んで持ち込んだ。
 その先輩というのは畜産学を専攻としていたので、「これ、今日の実験で使った肉」と、ありがたいことに無償で提供してくれることもあった。
 そういう飲み会のいつぞやのとき。酒の係が買ってきた中に、サントリーの「アイスジン」があった。価格が安くて度数が高い飲み物は、コストパフォーマンスに優れていると認識されていた。
 ちょうど、森高千里が歌うCMがはやっていた。「コーラーとジンでアメリカ・ジン」とか、「紅茶とジンでフランス・ジン」とか、商品のアイスジンを何かで割って楽しく飲もうというような歌だった。
 肉が焼け、胃袋に落ち込み、酔いと共に陽気が加速する。CMを口真似て合唱しながら、実際に手当たりしだい混ぜてみる。徐々に勢いが加速する。調子に乗ってくる。
 「石油とジンでアラブ・ジン!」というのはさすがにできなかったけれど、それに匹敵するのではないかという、ジンベースの飲み物が生み出された。
 レシピは極めて簡単だ。歌に乗せ、二本のボトルから迸るスピリッツを一つのグラスに放り込むだけ。
 「ジン・ジン・ジン! ウォッカとジンでロシア・ジン!」
 この恐るべき液体。そもそも、ジンを何物でも「割って」なんかいない。
 調子に乗った僕は、こいつを何杯か飲んだ。当時から年に一度か二度は記憶を飛ばすことがあったが、1995年だか1996年だかの内の一日がこの夜だ。深夜のキャンパスの芝生とか、鴨川べりとか、きれぎれに覚えている。部屋で飲んでいたのに、何で屋外の記憶なのかは定かではない。
 さすがに最近はこういう飲み方はしなくなってきた。酔いさえすれば、というのではなく、ちゃんとジンの味も味わっている。甘みのない普通の炭酸水で割って、ジンそのものが美味いと思えるようになってきた。
 先日、バンコクから関空へ飛ぶシンガポール航空の深夜便でも「ジンの炭酸割り」を飲んでいた。ふと思いついて、機内食のデザートにあったポメロをそこに浸してみた。舌の上でパリパリ弾ける炭酸の感触が爽快で、ポメロのほのかな甘みとやわらかな酸味が、ジンの特有の匂いにぴったりだった。
 蒸し暑いバンコクでは、ドッグズ・ノーズも手軽に作れる捨てがたいカクテルだ。ガチガチに冷やしたジンを、これまた冷凍庫で凍らせておいたグラスにとろりと注ぎ、その上からビールを注いで軽くステアするだけ。やはり炭酸の刺激と、ビールとジンの苦みの融合が良いのだが、これ、もしかして「イギリス・ジン」ではなかろうか。

 


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