川の風景

 北白川の山を少し上がったあたりの、5分も下れば銀閣寺の疎水につながる、小さな川が流れるそばに4年ほど住んでいたことがある。耳を澄ますと、せせらぎが聞こえた。
 バンコクに越してきて最初に選んだマンションは、セーンセープ運河に接していた。7階という高さまでは、悪臭は上がって来ないが、行き来する船のエンジン音は耳に届いた。
 この7月から住み始めたマンションも川縁に建つ。チャオプラヤー川の見えるところ、というのが条件の第一だった。地上18階、浴室と台所を除く全ての部屋から、幅200メートルほどの雄大なキャラメル色の流れを目にすることができる。
 朝日と共に次第に明確になる風景の輪郭は、一日が始まることを明確に教えてくれる。特にこの時期、雨季の終わりは、川面も街も、一面真っ白な靄に包まれて輝いている。
 日中は、渋滞で悪名高い都心部の路上に劣らないほど頻繁な往来がある。車ではなく、船。市バスのような感覚のチャオプラヤー・エクスプレス。長尾船と呼ばれる、スピードの出る小型の細長い船は観光客を乗せて。対岸すぐにあるホテルの送迎の船。小さなタグボートに曳航された、他県と港を行き来するタンカーのように巨大な船。
 時々刻々と変わる川の風景は、見飽きることがない。
 だが、やはり、もっとも美しいのは黄昏。昼間の激しい暑さも少しは和らぎ、南国らしい青い夕闇がくっきりと立つ。次第に青は濃度を増し、暗闇へと変わる。同時に、地上の光が輝きだす。何かが始まる予感と興奮が心にわき起こる時間だ。
 バンコク中心部の南の外れなので、左手に蛇行する川が黒く抜け、正面から右手にかけて市街の中心部がだいたい視界に収まる。60何階の高さにオープンエアのレストラン・バーがある、ステートタワーの屋上ドームが金色に輝いている。視線を北上させると、トンブリー側へ向かう車のライトの軌跡が描き出すタクシン橋。さらにその向こうには、ロイヤル・オーキッド・シェラトン。細かく規則的に区切られた窓のいくつかからは、淡く黄色い照明がこぼれだしている。右手前方を見やると、サトーンやシーロムのビル街があって、ラーマ4世通りやスクンビット通り周辺。直接空港までは見えないが、スワンナプーム空港を離発着する飛行機の明かり。
 深夜、室内の照明を全て落とし、カーテンを開いてみる。部屋のあちこちの壁面に嵌められている鏡(多すぎるほどあるのだ)が映し出す窓の向こうの様子に、まるで都市の夜景に自分が浮かんでいるような錯覚を覚える。
 いつも、眠るまでの間を少しだけ、枕元の文庫本のページを繰る。ベッドの上で、エアコンの冷気を心地よく感じながら、数ページ進んだらすぐにまぶたが重くなる。だが、ある日の一冊、それは、とてもおもしろい本だった。そのわずかの間に、むしろ、眠気は彼方に追いやらてしまったばかりか、身体が無性にアルコールを欲する。
 リビングからショットグラスとウィスキーを一本取ってきてベランダに出る。呼吸する空気がしっとりと冷たい。夜半まで降っていた大雨の名残が大気に混じっている。木製の椅子に座り、テーブルにグラスを置く。半年ほど前にニッカの宮城峡蒸溜所で直接買い求めた「シングルモルト宮城峡12年」
 ストレートで喉を焼くか、トゥワイスアップにするか、たまには氷を落とそうかと少し悩む。すうっと大きく息を吸い込んでみたら、心地よい霧が喉に流れ込み、身体の奥の細かな所まで、しっとり薄く張り付くいた。そのままグラスを手に取り、一口飲み込む。水割りでもなければ、ストレートでもない。読書を再開し、時折の合間に、夜霧で割ったウィスキー。
 時間が深みを増すとともに、少しずつ光を失っていく光景。眼下には、蛇行する黒い帯。深夜のチャオプラヤー川。


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